2008年 02月 27日
新しい対策協の出発 |
2/23明野で対策協の総会が行われました。最終処分場問題で14年もの闘いを強いられた明野の人たちの長く苦しい道のりを思うと、この話は気が重いのですが、新しい出発にあたって、ほとんど部外者のボクの感想書いておきます。
処分場の工事はすでにかなり進んでいて、来年2009年には廃棄物の搬入が始まところまできているわけです。この時点で対策協としての組織の総点検をして、新しい出発をする体勢がこの総会で確かに作られたのではないかと思います。これは同じ北杜市の環境問題に関心を持つ住民としてうれしいことです。
しかし、無いものねだりかもしかもしれませんが敢えていえば、この運動が北杜市全体の環境問題としてもっと多くの市民に関心を持たれるところまでいけるかどうかということです。もともと「地域エゴ」といわれるものから生まれる反対運動が、エゴをこえて公共性と普遍性をもつことで、広がりと強さを得ていくのでしょう。そうした方向への脱皮というか進化というか、それがもっと意識的に追求されてもよかったような気がしています。
別の言い方をすれば、これがもし北杜市の他の地域たとえばボクの住む小淵沢に作られるものだとしたら(実際、そうした動きがあったようで、結局明野に持っていかれたのだと、残念そうにいう人がいました)明野の人たちはどういう関心を持ったのでしょうか?いま他の地域の住民がこれに無関心なように、明野の人もそう強い関心は持てないのではないでしょうか。他者への想像力が。天木直人さんてはないですが、「あなたはわたしだ」という想像力が足りない。そこから生まれる公共性への視点がなくては、これからの人間の社会はやっていけないような気がします。
隣の長野県の富士見町に計画されていた灰溶融炉は、住民の強い反対もあって、白紙撤回とまではいかなくても、建設再検討まで押し戻されたことはみなさんもご存じとは思います。これに強力に反対し運動を主導したのはかなりはなれた場所の原村の若い人たちでした(北杜市がわの大武川地区の人たちもスゴかったようですが)。
「自然環境を地域の資源と位置づけ」(会則第2条)といった呑気な事でなく、危機的な状態にあるこの地域の環境の現状認識を共有し、持続可能な地域社会として再生する道を市民全体に提起してほしいと思わずにはいられませんでした。

処分場の工事はすでにかなり進んでいて、来年2009年には廃棄物の搬入が始まところまできているわけです。この時点で対策協としての組織の総点検をして、新しい出発をする体勢がこの総会で確かに作られたのではないかと思います。これは同じ北杜市の環境問題に関心を持つ住民としてうれしいことです。
しかし、無いものねだりかもしかもしれませんが敢えていえば、この運動が北杜市全体の環境問題としてもっと多くの市民に関心を持たれるところまでいけるかどうかということです。もともと「地域エゴ」といわれるものから生まれる反対運動が、エゴをこえて公共性と普遍性をもつことで、広がりと強さを得ていくのでしょう。そうした方向への脱皮というか進化というか、それがもっと意識的に追求されてもよかったような気がしています。
別の言い方をすれば、これがもし北杜市の他の地域たとえばボクの住む小淵沢に作られるものだとしたら(実際、そうした動きがあったようで、結局明野に持っていかれたのだと、残念そうにいう人がいました)明野の人たちはどういう関心を持ったのでしょうか?いま他の地域の住民がこれに無関心なように、明野の人もそう強い関心は持てないのではないでしょうか。他者への想像力が。天木直人さんてはないですが、「あなたはわたしだ」という想像力が足りない。そこから生まれる公共性への視点がなくては、これからの人間の社会はやっていけないような気がします。
隣の長野県の富士見町に計画されていた灰溶融炉は、住民の強い反対もあって、白紙撤回とまではいかなくても、建設再検討まで押し戻されたことはみなさんもご存じとは思います。これに強力に反対し運動を主導したのはかなりはなれた場所の原村の若い人たちでした(北杜市がわの大武川地区の人たちもスゴかったようですが)。
「自然環境を地域の資源と位置づけ」(会則第2条)といった呑気な事でなく、危機的な状態にあるこの地域の環境の現状認識を共有し、持続可能な地域社会として再生する道を市民全体に提起してほしいと思わずにはいられませんでした。

by halunet
| 2008-02-27 10:52
| 廃棄物処分場問題
























