2006年 12月 12日
竹内常一先生のお話を聞いて |
久松重光
小淵沢での竹内常一先生のお話は、教育権は、子供の未来の生存権であるというご指摘や、また80年代以降は、戦争と平和という対立項ではなく、暴力と平和の対比で考えたほう方がよいというご指摘は、学校での「いじめ」とこの対テロ戦争に通低する深層心理を考えるうえで、有益でした。
現教基法の生命は、第2条にありというご指摘も、僕には印象に残りました。僕などは、
学問の自由と尊重すること、
実際生活に即すること、
自発的精神を養うこと、
自他の敬愛と協力によって、
文化の創造と発展に努めること
といった、5つの項目をただ漫然と読んでいたのですが、それらが憲法との関連で有機的に結びついていることが、分かりました。実際生活に即することなどは、東京の予防訴訟の原告の先生方の身体を張った抗議を思い起こすと、これは大変なことを言っているんだな、と思いました。
またぼくは、小泉内閣のときから、これはクーデターで、今は憲法を盾に抵抗権を行使する時期と思っていましたので、外国人の方から「現政府が行っていることは、クーデターなのに、みんなこんなに静かなんて、日本は不思議な国ですね」と言われたというエピソードは、わが意を得たりという感じです。まあ、教育基本法などあまり読んだことはなかったのですが、これは平和運動をやるにおいても無縁ではないと思いました。
教基法が、いかに憲法の諸権利の基盤の上に構築されているかを示された図もとても面白かったのですが、書かれた字の色が薄くてちゃんと書き取れなかったのが、残念でした。
ぼくの纏まらない感想でした。
小淵沢での竹内常一先生のお話は、教育権は、子供の未来の生存権であるというご指摘や、また80年代以降は、戦争と平和という対立項ではなく、暴力と平和の対比で考えたほう方がよいというご指摘は、学校での「いじめ」とこの対テロ戦争に通低する深層心理を考えるうえで、有益でした。
現教基法の生命は、第2条にありというご指摘も、僕には印象に残りました。僕などは、
学問の自由と尊重すること、
実際生活に即すること、
自発的精神を養うこと、
自他の敬愛と協力によって、
文化の創造と発展に努めること
といった、5つの項目をただ漫然と読んでいたのですが、それらが憲法との関連で有機的に結びついていることが、分かりました。実際生活に即することなどは、東京の予防訴訟の原告の先生方の身体を張った抗議を思い起こすと、これは大変なことを言っているんだな、と思いました。
またぼくは、小泉内閣のときから、これはクーデターで、今は憲法を盾に抵抗権を行使する時期と思っていましたので、外国人の方から「現政府が行っていることは、クーデターなのに、みんなこんなに静かなんて、日本は不思議な国ですね」と言われたというエピソードは、わが意を得たりという感じです。まあ、教育基本法などあまり読んだことはなかったのですが、これは平和運動をやるにおいても無縁ではないと思いました。
教基法が、いかに憲法の諸権利の基盤の上に構築されているかを示された図もとても面白かったのですが、書かれた字の色が薄くてちゃんと書き取れなかったのが、残念でした。
ぼくの纏まらない感想でした。
by halunet
| 2006-12-12 10:34
























