2006年 11月 19日
竹内常一著「いまなぜ教育基本法か」を読んで |
久松重光
僕たちの世代は、全国一斉学力テストが始まり、一方向に向って、輪切りにされていきました。英語でも国語でも何でも、○×や括弧に入れる解答様式で、これで日本語ましてや外国語が
しゃべれるようになる訳がない。言葉というのは、生き物で、その人の自発性の発露と密接に関係しています。ちょうど平和意識の深化が、言葉で表現できないものをどうにか言葉にしよ
うとする努力と密接に関わっているように。
言葉を失った分だけ、みなキレ易くなっているのではないでしょうか。
それにしても、矛盾にみちていて真意の掴みにくい教基法改悪の背景には、グローバリズムという名の新帝国主義に乗り遅れまいとする経済界の意向が、強く反映してるんですね。教育基本法改悪までの前史を通観した竹内常一さんの本(とても読みにくい本だったけれど)から、どんな言葉のカラクリがあるか、大分教えられました。
一例を挙げれば、中曽根の肝いりでできた臨時教育審議会の第四次答申では、本当に笑ってしまうのですが、こんな事を言っています。
「今次教育改革において最も重要なことは、これまでのわが国
の教育に根深い画一性、硬直性、閉鎖性、非国際性を打破して
、個人の尊厳、個性の尊重、自由・自律 自己責任の原則、す
なわち個性重視の原則を確立することである。」
これまでの「わが国の教育に根深い画一性、硬直性、閉鎖性、非国際性」に支えられてきた張本人たちが、まるで第三者のように、こう言うのですから、開いた口が塞がりません。でもその背景には、経済競争に血道をあげている経済界の強い要望があったようです。竹内氏は、この答申の背景を次のように解説しています。
「それは、公的な統制のもとにあった教育システムのなかに自
由化・市場化を持ち込むことによって選択の自由を拡張するこ
とを求めたのである。そして、その選択の自由を行使して自己
利益・自己実現追求する「競争的な個人」を作りだすことをね
らったものである。答申は、そうした個人を「創造性や自ら考
えて、表現し、行動する力」を持った個人としたのである。」
そして後段の「個人の尊厳、個性の尊重、自由・自律 自己責任の原則、すなわち個性重視の原則を確立することである。」という文言を臨教審は、「個人の尊厳、個性の尊重の考え方の根本にあるのは、この時間・空間という縦・横双方の広がりのなかで、各個人はそれぞれ独自の個性的な個人が集まって集団の活力を形成していると言うことである」と解説したのですが、竹内氏は、この文言は「個人が家庭を始め地域、企業、国家、文化、時代と深く結び付けられていることを知るべきだ」といっているのであって、「ここでは、一人一人の個人が自らの
個性を日本という国家と文化に向けて開いていくことを要請されているのである。」といってこれが、後の教育基本法改正論議のなかで「日本人としてのアイデンティティの形成」というイデオロギーの原質になっていると言います。
それにしても、字面だけみると、一見まともそうな議論の背後で、こうした議論をつき動かしている衝動は、まったく異なった古い国家主義的への先祖帰りであることは、イラク戦争の支持、そしてこの教基法改悪の強行採決までくれば、もうどうにも疑いようはありません。
「個人の尊厳」といった言葉を使う限りは、政府は、全力で戦争に反対するはずですが、そんな事は、まったく念頭にありません。あるのは、経済競争を勝ち抜くという、相変わらずの経済至上主義です。そしてグローバリズムの行き着いた先がどのようなものか、もう実現されている
のに。ここでは言葉は、単なる記号に成り果てまるで宙に浮いているようです。自分たちがどんな地の中で、言葉を使っているのかまるで自覚されていません。画一性を批判しながら、ま
さに画一性を推進しようとしているのですから。やはり乖離性スローガン症候群です。多分こうした現象は、至るところであるのではないでしょうか。まさにジョージ・オーエル的世界ですね。
ところで話は、急に飛んでしまいますが、ぼくが「リセット山梨」が押す候補、金子さんをあまり支持しない理由も、どうも彼がグローバリズムの本当の正体を見抜いていないように思えたからでした。たった1時間半の質疑応答しかしていませんので即断はしたくないんですが、僕にはそう見えました。
ところで、12月5日には、スイスで30年もシュタイナーの治癒教育に従事してきた僕の旧友(こういう人こそが国際人と僕は思うのですが、それにしても「国際人」なんて言葉自体が
とても変ですね。でも経団連も大好きな”国際人”とかいう者になりたければ、ちゃんと9条を守れ、と言いたいですね)が、小淵沢でワークショップを開きます。それに10日には小淵沢9条の会で竹内さんを招いて「教育基本法改悪反対」の講演会を開くそうです。僕もパネラーで参加することになっています。
教育基本法改悪、本当に許せないです。
(y-peace MLから転載)
僕たちの世代は、全国一斉学力テストが始まり、一方向に向って、輪切りにされていきました。英語でも国語でも何でも、○×や括弧に入れる解答様式で、これで日本語ましてや外国語が
しゃべれるようになる訳がない。言葉というのは、生き物で、その人の自発性の発露と密接に関係しています。ちょうど平和意識の深化が、言葉で表現できないものをどうにか言葉にしよ
うとする努力と密接に関わっているように。
言葉を失った分だけ、みなキレ易くなっているのではないでしょうか。
それにしても、矛盾にみちていて真意の掴みにくい教基法改悪の背景には、グローバリズムという名の新帝国主義に乗り遅れまいとする経済界の意向が、強く反映してるんですね。教育基本法改悪までの前史を通観した竹内常一さんの本(とても読みにくい本だったけれど)から、どんな言葉のカラクリがあるか、大分教えられました。
一例を挙げれば、中曽根の肝いりでできた臨時教育審議会の第四次答申では、本当に笑ってしまうのですが、こんな事を言っています。
「今次教育改革において最も重要なことは、これまでのわが国
の教育に根深い画一性、硬直性、閉鎖性、非国際性を打破して
、個人の尊厳、個性の尊重、自由・自律 自己責任の原則、す
なわち個性重視の原則を確立することである。」
これまでの「わが国の教育に根深い画一性、硬直性、閉鎖性、非国際性」に支えられてきた張本人たちが、まるで第三者のように、こう言うのですから、開いた口が塞がりません。でもその背景には、経済競争に血道をあげている経済界の強い要望があったようです。竹内氏は、この答申の背景を次のように解説しています。
「それは、公的な統制のもとにあった教育システムのなかに自
由化・市場化を持ち込むことによって選択の自由を拡張するこ
とを求めたのである。そして、その選択の自由を行使して自己
利益・自己実現追求する「競争的な個人」を作りだすことをね
らったものである。答申は、そうした個人を「創造性や自ら考
えて、表現し、行動する力」を持った個人としたのである。」
そして後段の「個人の尊厳、個性の尊重、自由・自律 自己責任の原則、すなわち個性重視の原則を確立することである。」という文言を臨教審は、「個人の尊厳、個性の尊重の考え方の根本にあるのは、この時間・空間という縦・横双方の広がりのなかで、各個人はそれぞれ独自の個性的な個人が集まって集団の活力を形成していると言うことである」と解説したのですが、竹内氏は、この文言は「個人が家庭を始め地域、企業、国家、文化、時代と深く結び付けられていることを知るべきだ」といっているのであって、「ここでは、一人一人の個人が自らの
個性を日本という国家と文化に向けて開いていくことを要請されているのである。」といってこれが、後の教育基本法改正論議のなかで「日本人としてのアイデンティティの形成」というイデオロギーの原質になっていると言います。
それにしても、字面だけみると、一見まともそうな議論の背後で、こうした議論をつき動かしている衝動は、まったく異なった古い国家主義的への先祖帰りであることは、イラク戦争の支持、そしてこの教基法改悪の強行採決までくれば、もうどうにも疑いようはありません。
「個人の尊厳」といった言葉を使う限りは、政府は、全力で戦争に反対するはずですが、そんな事は、まったく念頭にありません。あるのは、経済競争を勝ち抜くという、相変わらずの経済至上主義です。そしてグローバリズムの行き着いた先がどのようなものか、もう実現されている
のに。ここでは言葉は、単なる記号に成り果てまるで宙に浮いているようです。自分たちがどんな地の中で、言葉を使っているのかまるで自覚されていません。画一性を批判しながら、ま
さに画一性を推進しようとしているのですから。やはり乖離性スローガン症候群です。多分こうした現象は、至るところであるのではないでしょうか。まさにジョージ・オーエル的世界ですね。
ところで話は、急に飛んでしまいますが、ぼくが「リセット山梨」が押す候補、金子さんをあまり支持しない理由も、どうも彼がグローバリズムの本当の正体を見抜いていないように思えたからでした。たった1時間半の質疑応答しかしていませんので即断はしたくないんですが、僕にはそう見えました。
ところで、12月5日には、スイスで30年もシュタイナーの治癒教育に従事してきた僕の旧友(こういう人こそが国際人と僕は思うのですが、それにしても「国際人」なんて言葉自体が
とても変ですね。でも経団連も大好きな”国際人”とかいう者になりたければ、ちゃんと9条を守れ、と言いたいですね)が、小淵沢でワークショップを開きます。それに10日には小淵沢9条の会で竹内さんを招いて「教育基本法改悪反対」の講演会を開くそうです。僕もパネラーで参加することになっています。
教育基本法改悪、本当に許せないです。
(y-peace MLから転載)
by halunet
| 2006-11-19 23:09
























