オスプレイを日本に配備する隠された意図は?/日本は「平和路線」を棄てようとしている。 |
2012、8、12 椎ノ木 武志
米海兵隊新型輸送機オスプレイが多くの人々の反対の声をしり目に、7月23日朝岩国の米軍基地に陸揚げされた。
とにかく行かねばとの思いで、夜行バス、新幹線、さらに在来線を乗り継いで岩国へ向かった。最寄りの南岩国駅に着いたのは昼に近かった。駅について驚いたのは目の前に広がる見渡す限りの蓮池(実はレンコン畑)だった。

おそらくかつては水田だったのだろう。減反に次ぐ減反で米では食えないという現実がここにも有った。レンコン畑に挟まれたまっすぐに延びた道路をひたすら歩く。ただ歩くだけで汗が噴き出す暑さだ。40分ほど歩いて抗議集会場についた。
門前川の河口付近の堤防の側道だ。既に朝から緊急の抗議集会をしたという。対岸は自衛隊基地で、さらにその向こうに米軍基地が広がっている。そこにオスプレイを運んできた巨大な貨物船が接岸していた。残念ながら私達はこれ以上近づけない。
間もなく集会が始まった。旗やのぼりが林立し、細い道路に沿って長く伸びる。関西からの学生や労働組合、地元の市民団体や労組など。そして沖縄からも代表団が。(主催者発表で500人)私はもう少し集まるかと思っていたが、やはり原発とは市民の受け止めは少し違う。
集会は、各種団体の発言が続く。「オスプレイの危険性」「安保条約と命のどちらが大切だ」と訴える。沖縄の代表は、「辺野古、嘉手納、高江などから参加していること」「8月5日県民大集会をすること」そしてオスプレイを絶対に飛ばささずアメリカに帰すために共にがんばろうと訴えた。その後長く伸びた堤防から対岸に抗議の声をあげ集会を終えた。



オスプレイの危険性
大型輸送機オスプレイは、主翼の両端に地面に平行についたプロペラの回転によって浮力を得て離発着する。一定の高度に達すると、プロペラの角度を徐々に90度地面に垂直になるように動かし、主翼の揚力によって飛行機として飛行する。つまり狭いところでも離発着できるヘリの利点と、大量輸送が出来、スピードが早く航続距離が長い(さらに空中給油が出来る)飛行機の利点を併せ持っているのだ。しかしこの両方の利点を併せ持つという特徴が、同時に最大の欠陥でも有るのだ。
離陸から水平飛行への切り替え、水平飛行から垂直着陸への切り替えは、空中に浮かぶ物理的原理の切り替えを意味する。プロペラ翼の角度を少しずつ変えていくのだが、それが速すぎても、遅過ぎてもバランスを崩すと言われている。素人判断でもそれは分かる。実際重大事故の多くは離発着時に起きている。米軍は、事故が起きると機体の構造的欠陥ではなく人為的ミスだと主張する。しかし人為的ミスという技術的困難性は、オスプレイの特徴そのものに併せ持つもので有って、そういう意味では構造的欠陥なのだ。
今年の10月には、あの回りが住宅で囲まれた沖縄の普天間に配備するという。しかも垂直から水平への切り替えは飛行場からはみ出し住宅地の上空だと言われている。またこれにタイミングを合わして北部演習場の高江地区では、住民160人ほどの小さな集落を取り囲むように6カ所にオスプレイ用ポートを建設し訓練するという。そして今まさにそのための工事が沖縄防衛局、請負業者、警察が一体となって強行されている。この人の命を余りにも軽く見る行為に私は強い憤りを感じる。
ただ付け加えるなら今沖縄に配備されている軍用ヘリは安全かと言うと決してそうではない。民間航空機と軍用機では、安全性についての考え方が全く違う。民間機の場合は、安全性を最重要視(もっとも一定の利益が上がるその限りにおいてだが)する。それに対して軍用機は、広い意味での戦闘能力が第一義的問題である。たとえば、戦闘機が空中戦をやる時相手を撃ち落とすことが安全の最大の証でもあるのだ。輸送機にしても大量の人員や物資を早く運ぶことが戦争を勝利に導くことでありそれが結果として安全性の担保なのだ。そういう意味では軍用機は多少の差はあっても、どれも「安全」とは言えない。
さらにオスプレイの沖縄配備は単に安全性ばかりでなく、軍事的なより大きな危険性を持っている。
スオプレイ開発の歴史
飛行機とヘリコプターの機能を併せ持つ軍事目的の航空機の開発は、アメリカでは1950年代から行われてきた。1990年初頭にようやく試作段階に入った。しかし以後も幾度か重大事故を起こしている。にもかかわらず94年には技術的問題は解決されたとして量産体制に入っている。さらに事故は続くが2005年には実践配備の段階に入った。
莫大な国家予算をつぎ込み開発されたオスプレイは、世界各地の米軍に配備されその軍事力強化の一翼を担っている。今沖縄に配備されているCH46輸送ヘリに比べても、速度、輸送量とも大幅に上回り、特に最大の特徴であり最大のメリットである航続距離は(空中給油を加えれば)比較にならないと言われている。
ところで、開発、試作段階で、幾度か中止、凍結の危機を乗り切り、実践配備にこぎつけた背後には、各軍事企業間、それに連なる軍内部の人脈、国家予算獲得のためのロビイスト、企業の地元の上、下院議員などによる暗闘があったことは想像にたやすい。そしてオスプレイはボーイング社を中心とした軍事企業群によって開発された。最近、アフガンでの墜落事故をめぐって、事故調査委員会に上層部から圧力がかかったという事実が報道されているが、これは、開発をめぐっての軍内部の対立の表れだ。いずれにせよ軍事的側面の裏側には常に、経済的側面、(と言えば聞こえはいいが)それによって利益を得る企業を中心としたモノたちのうごめきがあるのだ。オスプレイ有りきは正に原発再稼働有りき、と同じ構造をなしている。
沖縄への配備について
オスプレイの沖縄への配備は、普天間の返還、辺野古新基地建設と一体の動きだ。1995年米兵による少女暴行事件に対する沖縄民衆の怒りに驚いた日米両政府は、沖縄の基地負担の軽減を表看板とした方針を打ち出した。(日米特別行動委員会=SACO合意)普天間以南の基地の返還や北部訓練場の約半分の返還を目玉として。しかしその真の目的は、より高度化された新たな軍事基地建設を目的としたものに他ならなかった。
辺野古への弾薬、訓練、軍港、滑走路の集約による機能の近代化、北部高江でのオスプレイ用のヘリパットの建設、にそれは表現されている。「沖縄と米軍基地」前泊博盛著によると、[米国は1996年の「日米特別行動委員会最終報告草案においてはオスプレイの普天間及び移転先の辺野古新基地へ配備するとしていた。しかし日本政府は国民、沖縄県民の強い反発を強く懸念したので最終の「報告書」ではオスプレイ配備という文言の記載を削除したことが2007年の米公文書や当時の担当者の証言から明らかになった]とある。つまりこの段階ですでに軍事力強化の一環としてオスプレイの沖縄への配備を決めていたのだ。
さらに日本政府は[具体的な(配備)予定はない(河野洋平外相=99年当時)、06年にも額賀福志郎防衛庁長官(当時)が「配備が計画されているとは聞いていない」と国会で答弁していました]とある。このことは日本政府が1996年という早い段階でオスプレイの配置を知っていたにも関わらず国会という場で国民にウソをつき都合の悪いことを隠してきたという事実もまた浮かび上がらせた。
2012年4月日米共同文書が出されその中で、沖縄の海兵隊19000人を1万人に減らし、残りを、グアム、オーストラリア(ダーウインという北端の町)、ハワイを移動する形で配備すると発表した。以前の日米合意では単にグアムへの移転だった。この背景にあるのは沖縄やグアムが中国(中華人民共和国)のミサイルの射程距離内だということだ。沖縄に主力を残しながらも海兵隊を分散配置する。こうした対中国の軍事戦略の変更を可能にするのに、速くて航続距離の長いオスプレイの存在が不可欠なのだ。これらの動きは中国との軍事的衝突に備えたものだ。
中国の動向
近年中国は、かの改革開放の大号令のもと、土地や生産手段の私的所有など資本主義的経済政策や外国資本の導入を積極的に推し進めてきた。その結果特に沿岸部の都市を中心に経済が発展した。内陸部の貧しい人々が、安価な労働力としてそれを支えた。やがて極少数の富裕層が形成された。闇雲に進められる経済開発による環境破壊、土地の買いあさり、行政諸層に対する富裕層からの賄賂などの腐敗が進行した。そして北京オリンピックの頃バブルは頂点に達し崩壊した。
経済は後退し、安い労働力で発展(実は富裕層の形成)を支えた人々は職を失った。内陸部の貧しい農民、職を失った労働者、さらに差別されている少数民族の不満が高まり、少しのきっかけで暴動が頻発した。
こうした事態を乗り切るために富裕層とそれに連なる政治的権力者が打ち出したのが対外強硬策だ。尖閣諸島、南沙諸島、西沙諸島、(日本、フイリピン、ベトナム)における活発な行動(領有権争い)はその表れだ。それは民衆の自らに向けられた不満を、ナショナリズムを煽る事によって、外に向けさせるという権力者が取る常套手段であると同時にそこに眠る鉱物資源の占有による、経済の建て直しを図るという2重の意味を持っている。空母建設という軍事的強化を行いつつ。
日本政府の意図
こうした中国の動きを見てくると、今回のオスプレイの受け入れについての日本政府の対応が単に米国の言いなりとは言えない別の側面が見えてくる。最近の日本政府の動きを少し見てみる。
今年4月の北朝鮮による、人工衛星だかミサイルだかの発射を利用した仰々しい南西諸島(石垣、宮古、与那国)への地対空誘導弾パトリオット3(PAC3)の配備のデモンストレーション。(ふたを開ければミサイルはまともに飛ばず、自衛隊はまともに情報が伝わらないというお粗末)与那国島への自衛隊常駐への動き、尖閣列島買い取り騒動というパホォーマンス。さらに2012年防衛白書では、中国の脅威を強調し、自衛隊と米軍との連携、具体的には1、共同訓練の拡大、2、施設の共同使用のさらなる検討3、情報共有や警戒監視、偵察活動の拡大などと主張している。
様々な共同軍事演習への自衛隊の参加。最近ではリムパック2012(環太平洋共同軍事演習)に22カ国の艦艇や航空機が参加してハワイ沖を中心に行われた。さらに「日米両政府が、ワシントン近郊の米海軍作戦本部と空軍参謀本部(いずれも南部バージニア州)に自衛隊の連絡官を常駐させる方向で調整を進めていることが2日、分かった。
米政府関係者が明らかにした。時期は確定していないが、実現すれば米海空両軍の中枢組織への自衛官派遣は初めてとなる。」と8月2日付け沖縄タイムスが報じている。また7月9日の衆院予算委員会で野田首相は「集団的自衛権」(自国と友好な関係にある国が他国から攻撃を受けた時に反撃できる権利。要は米軍が攻撃を受けた時自衛隊も共同で敵に対して攻撃、つまり戦争することが出来る権利。)について「政府内での議論も詰めていきたい」と発言した。
これはこれまで憲法上の制約として公式には否定してきた集団的自衛権について、それを認める方向に公然と踏み出したことを意味する。このように最近の動きは米軍と自衛隊の連携が益々強化されてきている。これは日本政府の側から見れば、中国の軍事的圧力に対し(もちろんこの中国脅威論はそれをふりまくことによる軍事力強化、防衛費の増加を狙う意図もある)自国の軍事力では対抗できないなか、アメリカの意向を酌みながら核を含むアメリカの軍事力を利用しているということだ。そういう意味では沖縄へのオスプレイの配備による軍事力の強化は日本政府にとっても不可欠なことなのだ。
最近政府は以下の2つの法律を成立させた。 原子力基本法の変更’[原子力利用の「安全確保」は「国民の生命、健康及び財産の保護、環境の保全並びに我が国の安全保障に資することを目的として」行う]東京新聞2012年6月22日朝刊
また同日、宇宙航空研究開発機構の活動を「平和目的」と限定している規定を削除し防衛利用を可能とする改正機構法が成立した。(これらはおもに自民党の提案に民主党が応じたのであり、旧財閥系の巨大企業群とそれに連なる保守政治勢力によるものということが出来る))
この動きは当面米国の軍事力に依拠しつつも、核武装化(そのために必要なプルトニウムは充分に保持している)や軍事衛星の保持など将来独自の軍事体制の確立を狙っていることを示している。
そしてこうした軍事的な動きの背後にあるものが、福島原発事故を経てなお原発の輸出の動き(ヨルダン、ベトナム)。さらに政府は昨年12月末には、これまで全面的に禁止してきた武器輸出、いわゆる武器輸出3原則を緩和し、国際共同開発・生産への参加や平和貢献・国際協力での装備品供与を認めた。日本は今これまでの「平和路線」を捨て、軍事産業の海外進出。アラブでの原油利権争い等など各国との経済的な争い、それを軍事力をバックに行おうとしているのだ。
戦争とは
尖閣諸島周辺の石油や鉱物資源をめぐる中国との領有権争いはすでにみてきたことからしていつ軍事的衝突になってもおかしくない状況にある。しかしそれで一体誰が得をするのだろう。イラク戦争時首都バグダッドに突入した米軍がまず確保したのが石油関連施設だった。(エクソン・モービルなど石油メジャーとチェイニー元副大統領は繋がりを持っている)これによりアメリカ石油資本は巨大な利益を得た。そしてこの戦争で多くの民間人、イラク兵、米兵が死亡し、また劣化ウラン弾などの使用により環境が破壊され、今なを多くの人々が苦しんでいる。
戦争は一部の得をするモノが起こし、多くの人が損をする。この構図は普遍だ。いかなる理由をつけようとも戦争には絶対反対していかなければならない。
生き方を問う
自然に国境はない。領土争いもない。動物は自由に行き来し、植物は自由に種を飛ばす。多分その昔人々もまた自然に暮らしていたのだろう。尖閣列島に眠る石油や鉱物資源はどちらの国が確保しても争いは避けられない。そしてそれはイラク戦争と同じ現実を作り出す。領土とか国はいったい何のために有るのか。いや誰のためにあるのだろうか。果たしてそこに住む人々にとって必要なのだろうか。
NHK BSスペッシャル「クロスロードオキナワ」という番組の最後で与那国島の老婦人が語っている「沖縄は中国と行ったり来たりして貿易もしてたと言うから親しくしたいと思っている。もしかしたら中国の人、祖先かも知れないと思うことがあります」
今この視点こそ必要なのではないだろうか。
























