2011年 10月 23日
フクシマを訪ねた(2)(3)〜集団疎開裁判を後押しするために、郡山駅前広場に全国から人々が集まった。 |
山梨県北杜市から男三人が7時間かけて、福島へ。2011年10月14日、まず福島市の市民放射能測定所を訪れた。夜になって雨の中を三春町まで戻り武藤類子さん宅におじゃまする。そこになんと岩上安身さんが武藤さんをインタビュー中だった。福島100人100話の収録だという。翌日の集会の準備(スピーチの草稿)もあるなか、泊めていただくことに。
翌日の朝、三春町の町中を歩く。映像で見るて気がついたけれど中心街には電柱がない。
この町から北杜市に家族で移住して来たKクンの住んでいた家も見る。無人のままだ。お寺と桜の多い美しい町だ。4月はさぞにぎわったことだろう。しかし今は緑地に入ると途端にGMカウンターの数値があがる、危険な町になってしまった。そしてそこにたくさんの人たちが危険を知りながら、それから目を逸らしながら、ある意味普通に生活しているのだ。いっそう紅葉が始まる町の美しさが切ない。
午後1時からデモに参加するために郡山市役所に車をおいて、タクシーで郡山駅に向かう。その車中でのタクシーの運ちゃんの話が印象深い。
そして線量の高い中での1時間ほどの集会は切実な発言がつぎつぎと飛び出す。締めは山本太郎。あちこちで彼の発言を聞いているけれど、磨きがかかって、核心をついてなかなか見事なアジ演説になっている。
なぜ除染の前に子どもや親たちを避難や疎開をさせないのか?復興のように見えるハリボテを見抜いて、被災者の人権を勇気を持って勝ち取っていこうと激しく訴えていた。
by halunet
| 2011-10-23 09:17
| 原発と核
























