2011年 08月 31日
安楽全体主義/徐京植さん「フクシマを歩く」に基づく考察(つづき) |
前の投稿からのつづき
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(6)「安楽全体主義」
徐さんの話はクライマックスに、おそらくこのビデオの中で最も重大な意味を持つ部分に差し掛かっていきます。これは過去を振り返るという以上に、今からの日本を見ていくうえで決定的ともいえる重要さを持った箇所なのでしょう。
『ここで私が思い出すのは藤田省三さんという政治思想家ですね。その方の『松に聞け』という短い文章があります。お亡くなりになるしばらく前に、人生の最後のご自分の論文集、選集を編むときに、わざわざ全体の序文として入れられたんですね。『昭和38年(1963年)に乗鞍岳に上っていく自動車道路が作られた』。その乗鞍自動車道路の犠牲の一つに、犠牲者としてですね、実は人間ではないのですけど、「ハイマツ」という植物のことを書いておられます。
非常に背が低くて、高地の厳しい自然に立ち向かうためにですね。そして非常に成長が遅い植物ですね。それをいったん刈ってしまうと、再生することがとても難しい。それが乗鞍の自動車道路を作るために犠牲になったということを、人を悼むようにここで悼んで書いておられますが、そのことによって「風雪に耐える」といった「隠された次元」が人の認識から奪われた瞬間なんだ、ということを言っておられます。自然に対する畏敬の念のようなものも倫理も損なわれた、と。しかしそれが一方では経済発展をもたらした、と。
だけど大事なことは、そのプロセスに、一斉に人々が参加したということなんだ、ということなんですね。安楽への全体主義、「安楽全体主義」というふうに藤田省三さんは呼んでおられます。つまり、より便利な暮らし、より安楽な暮らしを求める点については誰も反対することのできない全体主義が形成された。それがつまり、権力とか資本による押し付けであるというよりは、人々の末端までが進んでそれに参加するような体制が作られた、ということですね。』
不勉強にして藤田省三について私はほとんど何も知りません。ですから、以下に述べることは、あくまでも徐さんの言葉を通して理解できる範囲内でのものでしかないことをお許しください。
先ほど『(3)魂の重心』のところでも申しましたが、日本という社会では確かに「平常時ではそれこそ非常に良い社会で、それこそ寸分たがわずにいろんなことがスムーズにいく」わけです。「早く行きたいなあ」「大量に楽に物を運びたいなあ」と思えば、すぐにその手段が実現されます。そしてその後はそれが当たり前となります。2本の足で苦しんで歩く必要も肩に荷物を食い込ませて運ぶ必要もなくなり、「何時何分に」と予定を立てるときっちり「何時何分」に実現されるようになります。「涼しい夏を送りたいなあ」と思えばそのようになります。その過程で失われるものがあっても、それは得られるべきものとの比較において、問題とはされません。得られるべきものがいったん得られるとそれはあって当然のものとなり、投げ捨てられたものは郷愁以外の形では思い出されることがなくなるでしょう。
人々は新たに得られるべき価値に向かって一つのカタマリ(mass)となり、個々人は統計的に数量化できる個体となっていく自分を進んで受け入れることになります。そこに藤田省三の言う「隠された次元」などの存在する余地はありません。
英語のmassはスペイン語ではmasaですが、これには群集、個々の顔を失い力学法則のままに一塊になって動く人々の群れの意味もあります。それはもはや立ち止まることの許されない巨大な流動体を作ります。それは、疑問を持たずにその流れと共に進む限り実に快適で気楽で便利な社会、居心地良い社会として実感できる形で現れてきます。わずかにでもその流れに沿わない部分に対しては恐ろしいほどに過酷な姿を見せるでしょうが、一緒に歩く限りその居心地のよさに参加することができます。こうして、社会の末端に至るまでそのような流れに進んで合流していきます。
日本という社会では特にこのような流れが作られやすいようです。そこでは構成員に「同質」であることを常に要求する閉鎖的な共同体の意識が再生産され続けます。日本人は「みんな」が好きですね。みんなが言っているから、みんなが信じているから、みんなが買っているから、みんなが見ているから…。そしてこの「みんな」から外れそうになると「空気が読めない(KY)」ということになります。「ハイマツ」は「みんなで枯らせば悪くない」わけで、「風雪に耐える」などという「隠された次元」を言うやつは「空気が読めない」ということになるのでしょう。
この藤田省三が「安楽全体主義」と呼ぶ国民の一体感が、日本の高度経済成長を強力にそして急速に推し進めるうえで巨大な力を発揮したことに疑いの余地は無いと思います。上から下まで、社会の隅々までが一つの巨大なカタマリとなって、「豊かな生活」「便利な生活」を目指して突進していきました。「右と左の対立」など、本質的にこの「安楽全体主義」を微動だにさせる性格のものではありませんでした。政治勢力の誰もがその「多数派」におもねるように動かざるを得なかったからです。米国やソ連を疑うことは許されても「社会と科学の進歩と発展」を疑うことは決して許されませんでした。原子力の「安全神話」はこのような中から作られ維持されてきました。
スペインも実は、日本とほぼ同じ時期に「スペインの奇跡」と呼ばれる経済成長を果たしました。両者とも「冷戦」という米国の戦争政策の受益者だったのですが、大きな違いがあります。
スペインでのそれはフランコ独裁政権下でのことであり、カトリック信仰と自由主義経済と強権政治を一体化させたオプス・デイ(注:映画「ダビンチコード」に登場する同名の集団とは無関係)という集団の力によって「上から作られた経済成長」でした。また、ただでさえ多民族・多言語の一体感の乏しい社会であり、他の欧州諸国と同様に王族・貴族と平民の身分社会が厳然として存在し、そのうえに独裁政権に対する不信と憎しみ、そして伝統的な反米感情といった要素が、社会の少なくとも半分以上に強力に根付いている中での高度成長でした。したがってそれは安易な成金主義と外国資本に頼る脆弱な経済を作るばかりで、国民自身の願望に根ざした強力な経済基盤が作られることはほとんどありませんでした。しかしここには、日本でなら「だらしなさ」「いい加減さ」と受け取られるかもしれない人間味を感じさせる社会が分厚く存在します。スペインの人々は、個々の顔を失ってカタマリとなって動く群集性に本能的な警戒と嫌悪を覚えます。
経済的な高度成長の際に、日本はまがりなりにも民主主義国家となっておりスペインは独裁国家でした。しかしその外見とは裏腹に、より根っこの部分で日本は全体主義に走り、スペインはそうならなかったといえます。
徐さんは続けます。
『 1945年までの軍国主義的な全体主義はですね、広島・長崎の原爆とその放射能被害という形でいったんの終止符を打ちました。しかしそれは本当の終止符にはならなかった。そして戦後の経済成長と安楽全体主義という国家路線が、福島第一原発という形でもう一度、今回破綻して亀裂をさらけ出したんですね。しかしこれが、その近代以降たどってきた道、2度の放射線被害という亀裂を踏まえて、こうべを深く垂れてこれを乗り越えていくという方向に、人々の認識が向いているだろうか?
原子力発電所や日本の原子力政策というものの問題性に気づかなかったという人たちもいるでしょう。その人たちが果たすべき責任は、自分たちも、自分たちの手も汚れている、自分たちも共犯だと言うことによって問題究明の矛先を緩めるのではなくて、その人たちが果たすべき責任は、自分たちのライフスタイルを変えることまで含めて、現在まで続いてきたシステムを変えるという、その責任を負っているということじゃないでしょうか。』
我々は日ごろから「全体主義」「ファシズム」「独裁」などについて、それらが少数の悪なる加害者であり民衆は多数の善なる被害者である、という考え方に慣らされています。必然的に、「全体主義」や「ファシズム」や「独裁」などに触れる場合、往々にして人は、自分が多数者の善なる被害者側にいる、あるいはその味方であるように仮定し、そのうえで少数の悪なる加害者について語り、また聞くことになります。誰にとってもそのほうが居心地が良いでしょう。
欧米の政治家は中東や北アフリカの「独裁」をしばしば問題にし、また政治意識の高い人たちほど「独裁に苦しめられる多数の人々」を強調したがります。それが「人道的」なのだそうです。自国政府が「独裁政権打倒」をスローガンにして軍事介入を行う場合に(リビアのように空爆で一方の兵力を破壊したうえで現地の人間同士を戦わせる場合も含めて)、それを止めさせるほどの反対は決して起こりません。その目的が資源や地政学的な優位さの確保であることが誰にとっても明らかであるにもかかわらず、「人道」や「民主主義」の一言で誰もが黙り込みます。
こうやって世界の中でより立場の弱い地域に破壊と流血を押し付けるわけですが、欧米社会の目もくらむような差別構造のピラミッドを担う者たちに、他国の「独裁者」を云々する資格があるのか、何が人道だ、と言いたくなります。欧米のピラミッド社会の「下請け」でしかない外国の独裁政権ですが、欧米の地にいて独裁政権打倒に支持を表明するマスコミと論者のほとんどは、また彼ら読者のほとんども、自分たちの社会のあり方だけは見ないようにしているのです。そのほうがあらゆる意味で居心地がよいわけです。それが欧米各国国民の多数派の姿です。
日本でも、学校の教科書からして、1945年以前には大多数の一般の日本人は軍国主義的な全体主義の「犠牲者」だったという視点で作られています。そしてその「犠牲者」たちは戦争が終結し民主化されたことで「開放された」と。そこで「全体主義は終わった」と。ありとあらゆるマスコミ、ほとんどのジャーナリズムと出版物がこの観点で統一されています。そのマスコミの多くは以前には全体主義を積極的に支えていたものなのです。日本社会は金太郎飴のようなもので、右も左も中道も、どの切り口を見ても同じ…。日本はもう全体主義の国ではない!
こうして、日本という人のカタマリが形作った「安楽全体主義」を、ほとんどの日本人が全体主義と意識しなくて済んできたわけです。それに疑義を唱えるならば、たちまち「じゃあお前は便利で豊かな生活が悪いとでもいうのか?」という激しい罵声と排除を求める厳しい視線が投げかけられることになるでしょう。その中で日本の原子力政策がスタートしました。軍事化の芽を常に含みながら…。
そうして戦後66年を経た日本に冷水を浴びせかけたのがフクシマだったのです。小出裕章さんが平川克己さんとの対談で次のようにおっしゃっています。
http://doujibar.ganriki.net/fukushima/talking_Koide_vs_Hirakawa.html
『平川:かつて「東京に原発を」という運動がありましたけども…。
小出:そうです。都会の人たちが、自分たちが享楽的な生活をするために電気がほしいと言って、都会に原子力発電所を建てるのなら、私はまだ許せる。でも、そのリスクは引き受けられないから過疎地に押し付けるというようなのは、もうそれだけで、私から見るともう論外だったんです。
【中略】
小出:ですから…、いま、原子力発電所を即刻止めろというとね、そんなことをしたら電気がなくなっちゃう、停電したらいやだ、豊かな生活したいという…
平川:その辺はフェイクですよね。嘘ですから。
小出:それがまず嘘なんですけど…、それでもやっぱり、豊かな生活をしたいという思いがかなり根強く生きているわけですよ。私は、でも、それを一歩一歩崩していかないと、これからの未来の日本というものを構想できないと思っているので…
平川:なるほど…
小出:…やりたいと思っているのです。ただし、そのためにはものすごい長い時間がかかる。その、高速道路をいま平川さんがおっしゃったけど、そんなものは張り巡らさなくたって済むような国家というものはあるはずだし、東京のような、あんなもう…、こんな街があるかというようなね、異常な街を作って…、一方では本当にみんな過疎になってしまって…。こんな国の、国土計画をまず間違えています。』
「それ(豊かな生活をしたいという思い)を一歩一歩崩していかないと、これからの未来の日本というものを構想できない」。問題は「原発をなくせば良い」というようなものではないのですね。「核廃絶」のスローガンで絶対に核はなくならないのです。社会と自分の精神の隅々にまでしっかりと下ろしている「根」こそが問題なのです。「根」が「毒の根」になってしまっていることなのです。
小出さんはいつも「2011年3月11日で世界は変わった」とおっしゃるのですが、日本人がこの事実を見据えて自らの「根」を見つめ毒にまみれた「根」を除染しない限り、日本国内で核の悲劇は今後も2重3重に起こり、日本人は集団で海に飛び込むレミングの跡をたどるのみでしょう。徐さんが「その人たちが果たすべき責任は、自分たちのライフスタイルを変えることまで含めて、現在まで続いてきたシステムを変えるという、その責任を負っているということじゃないでしょうか」とおっしゃるときに我々に突きつけているのは、自らの「毒の根」を見つめ除染する勇気があるのか?ということなのでしょう。
ファシズムは多数派の民衆自身の中から立ち現れてきます。それはヒトラーやムッソリーニといった強烈な個性やナチズムのような思想に還元できる問題ではないでしょう。特に日本の場合は、個性でもイデオロギーでもなく、むしろ「顔の見えない」つまり誰もが責任を問われることの無い一つのカタマリとして、メディアと官僚と政治家と学者集団が巨大な資本と多数派の国民にくるまれて一体化した姿となって、登場する可能性が高いのではないでしょうか。
核だけ、原子力だけのことではありません。40年も前に日本人が乗鞍のハイマツの根を抜き投げ捨てて自らの「根」を毒まみれにしていった生き方そのものです。それを見据えて自らの「根」を除染する勇気と知恵を日本人が持てない限り、「兆候を無視し、危険に目をつぶり、都合のいい真実を作り出すやり方を続け」たうえでその「根」ごと引き抜かれて殺されていくことになるでしょう。それくらいそういった社会の持つ暴力性は大きいのです。
徐さんはこの部分を次の言葉で結びます。
『私は、被災当事者たちのモラルというものは本当に驚嘆すべき高いものだと思います。これは、いくら賞賛しても賞賛しすぎることはない。問題はそれを、日本という国家の物語に改修してしまおうとする力、改修されることに抵抗できないでもう一度全体主義の構成部分になってしまおうとする心性、そこが問題だ、ということを言いたいわけです。』
日本だけでなく、世界のどの国でも必ず神話を持っています。それは昔話としての神話ではなく、国民自身がそうとは意識しないままあらゆる事象の中で繰り返し確認することのできる筋書き、現代神話です。個々の人間を国家という巨大で複雑な共同体の一部としてつなぎとめるためには、理屈を超え理屈が入る余地の無い強力な臍帯が必要なのです。国家の構造も法体系も結局はその神話の枠内に存在します。その神話の筋書きに沿わないものは無視されるか追放されることになります。被災者たちのモラルは、この日本国家の神話の中で賞賛されるべき日本人のあり方のかがみとしてマスコミに現れ、さまざまな論者によって語られるものになるのかもしれません。
例えば、被災者の一部としてですが、事故直後に50人の作業員が発電所に残って命懸けの収拾作業にあたっていました。どうやら日本のメディアは「海外で50人のサムライが賞賛されている」と盛んに書きたてていたようですね。しかしその海外メディアでは、スペインのものも含めて、破局的に進行する事故の様子と、東電や日本政府の対応のでたらめさを正しく(あきれ果てたように)指摘したうえで、その中で覚悟を決めて踏みとどまる「サムライたち」を紹介していたのです。他の被災地域についても、列を乱す事も略奪に走ることもない被災者の様子について「海外でその高いモラルが賞賛されている」として取り上げられたようです。
実際には次のような指摘が上がっています。4月22日付の産経新聞記事です。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110422/erp11042212030003-n1.htm
『英誌「雨ニモマケズは東北の美徳だが、我慢のしすぎは復興の妨げ」訴える
2011.4.22 11:57
【ロンドン=木村正人】英誌エコノミストの最新号は、東日本大震災で東北地方の被災者は東京電力や政府の無策で過大な我慢を強いられていると分析、岩手県出身の詩人、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を引いて「我慢強いのは東北人の美徳だが、我慢のしすぎは良くない」と不満の声を上げるよう呼びかけている。
同誌は「この1週間の3つの出来事を見ると日本人の我慢強い特性が逆に震災復興を妨げていることを疑わせる」と記す。
第一に東電が福島第1原子力発電所の事故を6~9カ月で収束させると発表したが、避難民を長期間にわたってどう支援していくか青写真が描けていない。
第二に五百旗頭真・東日本大震災復興構想会議議長は「『希望の丘』とでも言うべき震災記念公園をつくってはどうか」と提案したが、復興の道筋を示す内容ではなかった。第三に原発事故をきっかけに今後のエネルギー政策について十分で活発な議論が行われていない-と同誌は指摘する。
東京タワーに「GANBARO NIPPON」の光のメッセージが点灯されたが、同誌は「東北人はさらなる我慢を強いられているように感じて怒りを覚え始めている。もし我慢が限界に来たら、良い兆候かもしれない」と結んでいる。』
これでもずいぶん遠慮して書いているな、という感じです。はっきり言って海外では、「賞賛」というよりも半分「日本人の薄気味悪さ」として捉えられていた面があります。「海外の目」は本当は非常に厳しいのですが、都合の良い部分だけを神話の筋書きに合わせて貼り付ければ、立派に「国家の物語」に収まってしまうのでしょう。どうやら日本国家の現代神話に責任は存在せず犠牲だけが尊ばれるようです。牛舎で自殺した酪農家の無念は忘れられて…。このようにして多数者の安楽が維持されていくという筋書きになるのでしょう。そしてこの神話が全体主義を拡大再生産していく母体となります。
「安楽全体主義」は、社会を構成する一人ひとりにびっしりと根を下ろしている巨大な癌組織です。この種の全体主義を解体することは容易なことではありません。大変な犠牲を払いながら数十年、場合によっては百年以上…。ひょっとするとその間に日本という国家自体が解体する可能性の方が高いかもしれませんが。
(以上、転載終わり)
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(6)「安楽全体主義」
徐さんの話はクライマックスに、おそらくこのビデオの中で最も重大な意味を持つ部分に差し掛かっていきます。これは過去を振り返るという以上に、今からの日本を見ていくうえで決定的ともいえる重要さを持った箇所なのでしょう。
『ここで私が思い出すのは藤田省三さんという政治思想家ですね。その方の『松に聞け』という短い文章があります。お亡くなりになるしばらく前に、人生の最後のご自分の論文集、選集を編むときに、わざわざ全体の序文として入れられたんですね。『昭和38年(1963年)に乗鞍岳に上っていく自動車道路が作られた』。その乗鞍自動車道路の犠牲の一つに、犠牲者としてですね、実は人間ではないのですけど、「ハイマツ」という植物のことを書いておられます。
非常に背が低くて、高地の厳しい自然に立ち向かうためにですね。そして非常に成長が遅い植物ですね。それをいったん刈ってしまうと、再生することがとても難しい。それが乗鞍の自動車道路を作るために犠牲になったということを、人を悼むようにここで悼んで書いておられますが、そのことによって「風雪に耐える」といった「隠された次元」が人の認識から奪われた瞬間なんだ、ということを言っておられます。自然に対する畏敬の念のようなものも倫理も損なわれた、と。しかしそれが一方では経済発展をもたらした、と。
だけど大事なことは、そのプロセスに、一斉に人々が参加したということなんだ、ということなんですね。安楽への全体主義、「安楽全体主義」というふうに藤田省三さんは呼んでおられます。つまり、より便利な暮らし、より安楽な暮らしを求める点については誰も反対することのできない全体主義が形成された。それがつまり、権力とか資本による押し付けであるというよりは、人々の末端までが進んでそれに参加するような体制が作られた、ということですね。』
不勉強にして藤田省三について私はほとんど何も知りません。ですから、以下に述べることは、あくまでも徐さんの言葉を通して理解できる範囲内でのものでしかないことをお許しください。
先ほど『(3)魂の重心』のところでも申しましたが、日本という社会では確かに「平常時ではそれこそ非常に良い社会で、それこそ寸分たがわずにいろんなことがスムーズにいく」わけです。「早く行きたいなあ」「大量に楽に物を運びたいなあ」と思えば、すぐにその手段が実現されます。そしてその後はそれが当たり前となります。2本の足で苦しんで歩く必要も肩に荷物を食い込ませて運ぶ必要もなくなり、「何時何分に」と予定を立てるときっちり「何時何分」に実現されるようになります。「涼しい夏を送りたいなあ」と思えばそのようになります。その過程で失われるものがあっても、それは得られるべきものとの比較において、問題とはされません。得られるべきものがいったん得られるとそれはあって当然のものとなり、投げ捨てられたものは郷愁以外の形では思い出されることがなくなるでしょう。
人々は新たに得られるべき価値に向かって一つのカタマリ(mass)となり、個々人は統計的に数量化できる個体となっていく自分を進んで受け入れることになります。そこに藤田省三の言う「隠された次元」などの存在する余地はありません。
英語のmassはスペイン語ではmasaですが、これには群集、個々の顔を失い力学法則のままに一塊になって動く人々の群れの意味もあります。それはもはや立ち止まることの許されない巨大な流動体を作ります。それは、疑問を持たずにその流れと共に進む限り実に快適で気楽で便利な社会、居心地良い社会として実感できる形で現れてきます。わずかにでもその流れに沿わない部分に対しては恐ろしいほどに過酷な姿を見せるでしょうが、一緒に歩く限りその居心地のよさに参加することができます。こうして、社会の末端に至るまでそのような流れに進んで合流していきます。
日本という社会では特にこのような流れが作られやすいようです。そこでは構成員に「同質」であることを常に要求する閉鎖的な共同体の意識が再生産され続けます。日本人は「みんな」が好きですね。みんなが言っているから、みんなが信じているから、みんなが買っているから、みんなが見ているから…。そしてこの「みんな」から外れそうになると「空気が読めない(KY)」ということになります。「ハイマツ」は「みんなで枯らせば悪くない」わけで、「風雪に耐える」などという「隠された次元」を言うやつは「空気が読めない」ということになるのでしょう。
この藤田省三が「安楽全体主義」と呼ぶ国民の一体感が、日本の高度経済成長を強力にそして急速に推し進めるうえで巨大な力を発揮したことに疑いの余地は無いと思います。上から下まで、社会の隅々までが一つの巨大なカタマリとなって、「豊かな生活」「便利な生活」を目指して突進していきました。「右と左の対立」など、本質的にこの「安楽全体主義」を微動だにさせる性格のものではありませんでした。政治勢力の誰もがその「多数派」におもねるように動かざるを得なかったからです。米国やソ連を疑うことは許されても「社会と科学の進歩と発展」を疑うことは決して許されませんでした。原子力の「安全神話」はこのような中から作られ維持されてきました。
スペインも実は、日本とほぼ同じ時期に「スペインの奇跡」と呼ばれる経済成長を果たしました。両者とも「冷戦」という米国の戦争政策の受益者だったのですが、大きな違いがあります。
スペインでのそれはフランコ独裁政権下でのことであり、カトリック信仰と自由主義経済と強権政治を一体化させたオプス・デイ(注:映画「ダビンチコード」に登場する同名の集団とは無関係)という集団の力によって「上から作られた経済成長」でした。また、ただでさえ多民族・多言語の一体感の乏しい社会であり、他の欧州諸国と同様に王族・貴族と平民の身分社会が厳然として存在し、そのうえに独裁政権に対する不信と憎しみ、そして伝統的な反米感情といった要素が、社会の少なくとも半分以上に強力に根付いている中での高度成長でした。したがってそれは安易な成金主義と外国資本に頼る脆弱な経済を作るばかりで、国民自身の願望に根ざした強力な経済基盤が作られることはほとんどありませんでした。しかしここには、日本でなら「だらしなさ」「いい加減さ」と受け取られるかもしれない人間味を感じさせる社会が分厚く存在します。スペインの人々は、個々の顔を失ってカタマリとなって動く群集性に本能的な警戒と嫌悪を覚えます。
経済的な高度成長の際に、日本はまがりなりにも民主主義国家となっておりスペインは独裁国家でした。しかしその外見とは裏腹に、より根っこの部分で日本は全体主義に走り、スペインはそうならなかったといえます。
徐さんは続けます。
『 1945年までの軍国主義的な全体主義はですね、広島・長崎の原爆とその放射能被害という形でいったんの終止符を打ちました。しかしそれは本当の終止符にはならなかった。そして戦後の経済成長と安楽全体主義という国家路線が、福島第一原発という形でもう一度、今回破綻して亀裂をさらけ出したんですね。しかしこれが、その近代以降たどってきた道、2度の放射線被害という亀裂を踏まえて、こうべを深く垂れてこれを乗り越えていくという方向に、人々の認識が向いているだろうか?
原子力発電所や日本の原子力政策というものの問題性に気づかなかったという人たちもいるでしょう。その人たちが果たすべき責任は、自分たちも、自分たちの手も汚れている、自分たちも共犯だと言うことによって問題究明の矛先を緩めるのではなくて、その人たちが果たすべき責任は、自分たちのライフスタイルを変えることまで含めて、現在まで続いてきたシステムを変えるという、その責任を負っているということじゃないでしょうか。』
我々は日ごろから「全体主義」「ファシズム」「独裁」などについて、それらが少数の悪なる加害者であり民衆は多数の善なる被害者である、という考え方に慣らされています。必然的に、「全体主義」や「ファシズム」や「独裁」などに触れる場合、往々にして人は、自分が多数者の善なる被害者側にいる、あるいはその味方であるように仮定し、そのうえで少数の悪なる加害者について語り、また聞くことになります。誰にとってもそのほうが居心地が良いでしょう。
欧米の政治家は中東や北アフリカの「独裁」をしばしば問題にし、また政治意識の高い人たちほど「独裁に苦しめられる多数の人々」を強調したがります。それが「人道的」なのだそうです。自国政府が「独裁政権打倒」をスローガンにして軍事介入を行う場合に(リビアのように空爆で一方の兵力を破壊したうえで現地の人間同士を戦わせる場合も含めて)、それを止めさせるほどの反対は決して起こりません。その目的が資源や地政学的な優位さの確保であることが誰にとっても明らかであるにもかかわらず、「人道」や「民主主義」の一言で誰もが黙り込みます。
こうやって世界の中でより立場の弱い地域に破壊と流血を押し付けるわけですが、欧米社会の目もくらむような差別構造のピラミッドを担う者たちに、他国の「独裁者」を云々する資格があるのか、何が人道だ、と言いたくなります。欧米のピラミッド社会の「下請け」でしかない外国の独裁政権ですが、欧米の地にいて独裁政権打倒に支持を表明するマスコミと論者のほとんどは、また彼ら読者のほとんども、自分たちの社会のあり方だけは見ないようにしているのです。そのほうがあらゆる意味で居心地がよいわけです。それが欧米各国国民の多数派の姿です。
日本でも、学校の教科書からして、1945年以前には大多数の一般の日本人は軍国主義的な全体主義の「犠牲者」だったという視点で作られています。そしてその「犠牲者」たちは戦争が終結し民主化されたことで「開放された」と。そこで「全体主義は終わった」と。ありとあらゆるマスコミ、ほとんどのジャーナリズムと出版物がこの観点で統一されています。そのマスコミの多くは以前には全体主義を積極的に支えていたものなのです。日本社会は金太郎飴のようなもので、右も左も中道も、どの切り口を見ても同じ…。日本はもう全体主義の国ではない!
こうして、日本という人のカタマリが形作った「安楽全体主義」を、ほとんどの日本人が全体主義と意識しなくて済んできたわけです。それに疑義を唱えるならば、たちまち「じゃあお前は便利で豊かな生活が悪いとでもいうのか?」という激しい罵声と排除を求める厳しい視線が投げかけられることになるでしょう。その中で日本の原子力政策がスタートしました。軍事化の芽を常に含みながら…。
そうして戦後66年を経た日本に冷水を浴びせかけたのがフクシマだったのです。小出裕章さんが平川克己さんとの対談で次のようにおっしゃっています。
http://doujibar.ganriki.net/fukushima/talking_Koide_vs_Hirakawa.html
『平川:かつて「東京に原発を」という運動がありましたけども…。
小出:そうです。都会の人たちが、自分たちが享楽的な生活をするために電気がほしいと言って、都会に原子力発電所を建てるのなら、私はまだ許せる。でも、そのリスクは引き受けられないから過疎地に押し付けるというようなのは、もうそれだけで、私から見るともう論外だったんです。
【中略】
小出:ですから…、いま、原子力発電所を即刻止めろというとね、そんなことをしたら電気がなくなっちゃう、停電したらいやだ、豊かな生活したいという…
平川:その辺はフェイクですよね。嘘ですから。
小出:それがまず嘘なんですけど…、それでもやっぱり、豊かな生活をしたいという思いがかなり根強く生きているわけですよ。私は、でも、それを一歩一歩崩していかないと、これからの未来の日本というものを構想できないと思っているので…
平川:なるほど…
小出:…やりたいと思っているのです。ただし、そのためにはものすごい長い時間がかかる。その、高速道路をいま平川さんがおっしゃったけど、そんなものは張り巡らさなくたって済むような国家というものはあるはずだし、東京のような、あんなもう…、こんな街があるかというようなね、異常な街を作って…、一方では本当にみんな過疎になってしまって…。こんな国の、国土計画をまず間違えています。』
「それ(豊かな生活をしたいという思い)を一歩一歩崩していかないと、これからの未来の日本というものを構想できない」。問題は「原発をなくせば良い」というようなものではないのですね。「核廃絶」のスローガンで絶対に核はなくならないのです。社会と自分の精神の隅々にまでしっかりと下ろしている「根」こそが問題なのです。「根」が「毒の根」になってしまっていることなのです。
小出さんはいつも「2011年3月11日で世界は変わった」とおっしゃるのですが、日本人がこの事実を見据えて自らの「根」を見つめ毒にまみれた「根」を除染しない限り、日本国内で核の悲劇は今後も2重3重に起こり、日本人は集団で海に飛び込むレミングの跡をたどるのみでしょう。徐さんが「その人たちが果たすべき責任は、自分たちのライフスタイルを変えることまで含めて、現在まで続いてきたシステムを変えるという、その責任を負っているということじゃないでしょうか」とおっしゃるときに我々に突きつけているのは、自らの「毒の根」を見つめ除染する勇気があるのか?ということなのでしょう。
ファシズムは多数派の民衆自身の中から立ち現れてきます。それはヒトラーやムッソリーニといった強烈な個性やナチズムのような思想に還元できる問題ではないでしょう。特に日本の場合は、個性でもイデオロギーでもなく、むしろ「顔の見えない」つまり誰もが責任を問われることの無い一つのカタマリとして、メディアと官僚と政治家と学者集団が巨大な資本と多数派の国民にくるまれて一体化した姿となって、登場する可能性が高いのではないでしょうか。
核だけ、原子力だけのことではありません。40年も前に日本人が乗鞍のハイマツの根を抜き投げ捨てて自らの「根」を毒まみれにしていった生き方そのものです。それを見据えて自らの「根」を除染する勇気と知恵を日本人が持てない限り、「兆候を無視し、危険に目をつぶり、都合のいい真実を作り出すやり方を続け」たうえでその「根」ごと引き抜かれて殺されていくことになるでしょう。それくらいそういった社会の持つ暴力性は大きいのです。
徐さんはこの部分を次の言葉で結びます。
『私は、被災当事者たちのモラルというものは本当に驚嘆すべき高いものだと思います。これは、いくら賞賛しても賞賛しすぎることはない。問題はそれを、日本という国家の物語に改修してしまおうとする力、改修されることに抵抗できないでもう一度全体主義の構成部分になってしまおうとする心性、そこが問題だ、ということを言いたいわけです。』
日本だけでなく、世界のどの国でも必ず神話を持っています。それは昔話としての神話ではなく、国民自身がそうとは意識しないままあらゆる事象の中で繰り返し確認することのできる筋書き、現代神話です。個々の人間を国家という巨大で複雑な共同体の一部としてつなぎとめるためには、理屈を超え理屈が入る余地の無い強力な臍帯が必要なのです。国家の構造も法体系も結局はその神話の枠内に存在します。その神話の筋書きに沿わないものは無視されるか追放されることになります。被災者たちのモラルは、この日本国家の神話の中で賞賛されるべき日本人のあり方のかがみとしてマスコミに現れ、さまざまな論者によって語られるものになるのかもしれません。
例えば、被災者の一部としてですが、事故直後に50人の作業員が発電所に残って命懸けの収拾作業にあたっていました。どうやら日本のメディアは「海外で50人のサムライが賞賛されている」と盛んに書きたてていたようですね。しかしその海外メディアでは、スペインのものも含めて、破局的に進行する事故の様子と、東電や日本政府の対応のでたらめさを正しく(あきれ果てたように)指摘したうえで、その中で覚悟を決めて踏みとどまる「サムライたち」を紹介していたのです。他の被災地域についても、列を乱す事も略奪に走ることもない被災者の様子について「海外でその高いモラルが賞賛されている」として取り上げられたようです。
実際には次のような指摘が上がっています。4月22日付の産経新聞記事です。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/110422/erp11042212030003-n1.htm
『英誌「雨ニモマケズは東北の美徳だが、我慢のしすぎは復興の妨げ」訴える
2011.4.22 11:57
【ロンドン=木村正人】英誌エコノミストの最新号は、東日本大震災で東北地方の被災者は東京電力や政府の無策で過大な我慢を強いられていると分析、岩手県出身の詩人、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を引いて「我慢強いのは東北人の美徳だが、我慢のしすぎは良くない」と不満の声を上げるよう呼びかけている。
同誌は「この1週間の3つの出来事を見ると日本人の我慢強い特性が逆に震災復興を妨げていることを疑わせる」と記す。
第一に東電が福島第1原子力発電所の事故を6~9カ月で収束させると発表したが、避難民を長期間にわたってどう支援していくか青写真が描けていない。
第二に五百旗頭真・東日本大震災復興構想会議議長は「『希望の丘』とでも言うべき震災記念公園をつくってはどうか」と提案したが、復興の道筋を示す内容ではなかった。第三に原発事故をきっかけに今後のエネルギー政策について十分で活発な議論が行われていない-と同誌は指摘する。
東京タワーに「GANBARO NIPPON」の光のメッセージが点灯されたが、同誌は「東北人はさらなる我慢を強いられているように感じて怒りを覚え始めている。もし我慢が限界に来たら、良い兆候かもしれない」と結んでいる。』
これでもずいぶん遠慮して書いているな、という感じです。はっきり言って海外では、「賞賛」というよりも半分「日本人の薄気味悪さ」として捉えられていた面があります。「海外の目」は本当は非常に厳しいのですが、都合の良い部分だけを神話の筋書きに合わせて貼り付ければ、立派に「国家の物語」に収まってしまうのでしょう。どうやら日本国家の現代神話に責任は存在せず犠牲だけが尊ばれるようです。牛舎で自殺した酪農家の無念は忘れられて…。このようにして多数者の安楽が維持されていくという筋書きになるのでしょう。そしてこの神話が全体主義を拡大再生産していく母体となります。
「安楽全体主義」は、社会を構成する一人ひとりにびっしりと根を下ろしている巨大な癌組織です。この種の全体主義を解体することは容易なことではありません。大変な犠牲を払いながら数十年、場合によっては百年以上…。ひょっとするとその間に日本という国家自体が解体する可能性の方が高いかもしれませんが。
(以上、転載終わり)
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by halunet
| 2011-08-31 08:34
| 原発と核
























