2011年 06月 15日
「2つ目のバベルの塔以後の世界をどう生きる」飯館村民からのメッセージ |
http://ni0615.iza.ne.jp/blog/entry/2322425/
6月15日によせて
飯舘村に放射性物質が降り積もったのは3月15日でした。今日で三ヶ月が経過します。私たちはどの程度被曝したのか。深刻な影響はないのか。そもそも低線量被曝の範疇なのか。せめて子どもたちのデータだけでもきちんと記録して今後の医療ケアに役立てて欲しい。そんな思いからホールボディカウンターでの検査を求めていましたが回答はありませんでした。新聞等に福島県による健康調査の報道もありますが、三ヶ月を経過した段階での調査で3月15日になにがあったのかを推測できるのかどうかはわかりません。
もちろん、三ヶ月以内なら推測可能で、それを1日でも過ぎると推測不可能なんてことはないでしょう。ホールボディカウンターによる検査も万能ではありません。検出できる放射性物質は限られていますし、ヨウ素については半減期の関係があり、セシウムについても生物学的半減期があり既に検出は難しいことは予想していました。また、仮に5月中に検査をしたとしても私たちのケースでは放射性物質がどのタイミングで体内に入ったのかを推測することは不可能に近いことも理解していました。汚染された場所で一ヶ月以上も普通に生活していたのですから。
ただ、「検査をしていないから“わからない”。」「“わからないこと”は“なかったこと”」にされてしまうのではないかと危惧したのです。原子炉作業員が三ヶ月に一度の基準で検査をしているという「基準」をたよりに要望をしてきましたが取り合ってもらえませんでした。残念です。もっと早くホールボディカウンターの存在を知っていれば。もっと早く国や県へ要望していれば。もっと早くホールボディカウンターがあるにもかかわらず稼働していない事実をつかんでいれば・・。
私たち飯舘村の住民はお人よしなのかもしれません。東京電力による謝罪集会の時も、計画避難区域に設定されたときも動揺しつつも激しい抗議の声は上がりませんでした。みなさんにとっては山村のイメージが強いと思いますが、車で一時間も走れば津波の被害を受けた沿岸部です。家族や友人を失い、家や財産を失った人たちのことを考えずにはいられません。抗議の声が上がらないために
「飯舘村がおとなしいのは東京電力から金をたっぷりもらっているからだ。」
「計画避難区域になって金が入るのだから、うらやましいものだ。」
と一部の心ない人から揶揄されているのも耳に入っています。それでも激しい怒りを表現することができない。怒りを継続させることができないのが飯舘村の村民性なのかもしれません。なにかもう少しできることがあったのではないかと思うと残念です。一つの事実、事実を探すためのチャンスが失われてしまいました。
誤解を恐れずに言えば、これが天罰かという思いもあります。
勘違いはしないでください。地震も津波も天罰ではありません。天災です。3月末に沿岸部の状況を見に行きました。津波の被害の大きさに恐怖を感じましたが海も空も以前と同じ穏やかで美しい表情をしていました。多くのものを根こそぎ奪っていった黒い波の姿は一片もありませんでした。
平凡な表現ですが自然の前では人間なんてちっぽけなものです。でも生きていれば立ち上がることもできます。新潟県も数年前に地震の被害を受けました。その経験があるからなのか沿岸部から新潟県に避難した友人達はとても親身で手厚い支援を受けたそうです。生きていこう、復興していこうという気持ちをもらったそうです。日本人のメンタリティーはこうやって培われたのではないか。このような大災害をくぐりぬけて日本人というのは形作られたのではないか。そう思っています。
では天罰とはなにか。それは原子力発電所の事故そのものではなく「言葉が通じない」この状況です。原子力にかかわる人々は皆、自説を語ります。とても科学的とは思えない発言をする科学者。心ない発言をする医師。低線量は体に良いとまで言う研究者さえいます。さらに事故以降、多くの安全基準が変更されました。緊急時のためのマニュアルだったはずなのに有効に使われていないものもたくさんあると聞きます。私たちの疑問に答えてくれる人はいません。私たちのSOSの叫びはどこかに消えてしまいました。私たち自身もお互いの言葉を理解できなくなっているかのようです。言葉はどこかに届いているのでしょうか。
まるで旧約聖書のバベルの塔です。神が人間の奢り高ぶりを見て、それまで一つだった言葉を乱し、互いに意思の疎通ができないようにさせた物語です。
3月11日までの世界はこんな世界だったのでしょうか。気づかないだけでお互いの言葉は通じていなかったのでしょうか。仮にそうだとすれば神が「おかしいな、天罰を下していたはずなのに人間は気づいていないぞ。面倒だがもう一度、バベルの塔に天罰を下すか。」と考えたのは無理からぬ話でしょう。二つ目のバベルの塔として福島原発が選ばれ、恩恵を受けていない、皮肉にも持続可能な村づくりを目指していた飯舘村がひどく汚染されてしまったのです。
この二つ目のバベル以後の世界をどのように生きていけばいいのか。私たちは途方に暮れています。
愛する飯舘村を還せプロジェクト
『負げねど飯舘!!』(仮)
常任理事 I.T.
6月15日によせて
飯舘村に放射性物質が降り積もったのは3月15日でした。今日で三ヶ月が経過します。私たちはどの程度被曝したのか。深刻な影響はないのか。そもそも低線量被曝の範疇なのか。せめて子どもたちのデータだけでもきちんと記録して今後の医療ケアに役立てて欲しい。そんな思いからホールボディカウンターでの検査を求めていましたが回答はありませんでした。新聞等に福島県による健康調査の報道もありますが、三ヶ月を経過した段階での調査で3月15日になにがあったのかを推測できるのかどうかはわかりません。
もちろん、三ヶ月以内なら推測可能で、それを1日でも過ぎると推測不可能なんてことはないでしょう。ホールボディカウンターによる検査も万能ではありません。検出できる放射性物質は限られていますし、ヨウ素については半減期の関係があり、セシウムについても生物学的半減期があり既に検出は難しいことは予想していました。また、仮に5月中に検査をしたとしても私たちのケースでは放射性物質がどのタイミングで体内に入ったのかを推測することは不可能に近いことも理解していました。汚染された場所で一ヶ月以上も普通に生活していたのですから。
ただ、「検査をしていないから“わからない”。」「“わからないこと”は“なかったこと”」にされてしまうのではないかと危惧したのです。原子炉作業員が三ヶ月に一度の基準で検査をしているという「基準」をたよりに要望をしてきましたが取り合ってもらえませんでした。残念です。もっと早くホールボディカウンターの存在を知っていれば。もっと早く国や県へ要望していれば。もっと早くホールボディカウンターがあるにもかかわらず稼働していない事実をつかんでいれば・・。
私たち飯舘村の住民はお人よしなのかもしれません。東京電力による謝罪集会の時も、計画避難区域に設定されたときも動揺しつつも激しい抗議の声は上がりませんでした。みなさんにとっては山村のイメージが強いと思いますが、車で一時間も走れば津波の被害を受けた沿岸部です。家族や友人を失い、家や財産を失った人たちのことを考えずにはいられません。抗議の声が上がらないために
「飯舘村がおとなしいのは東京電力から金をたっぷりもらっているからだ。」
「計画避難区域になって金が入るのだから、うらやましいものだ。」
と一部の心ない人から揶揄されているのも耳に入っています。それでも激しい怒りを表現することができない。怒りを継続させることができないのが飯舘村の村民性なのかもしれません。なにかもう少しできることがあったのではないかと思うと残念です。一つの事実、事実を探すためのチャンスが失われてしまいました。
誤解を恐れずに言えば、これが天罰かという思いもあります。
勘違いはしないでください。地震も津波も天罰ではありません。天災です。3月末に沿岸部の状況を見に行きました。津波の被害の大きさに恐怖を感じましたが海も空も以前と同じ穏やかで美しい表情をしていました。多くのものを根こそぎ奪っていった黒い波の姿は一片もありませんでした。
平凡な表現ですが自然の前では人間なんてちっぽけなものです。でも生きていれば立ち上がることもできます。新潟県も数年前に地震の被害を受けました。その経験があるからなのか沿岸部から新潟県に避難した友人達はとても親身で手厚い支援を受けたそうです。生きていこう、復興していこうという気持ちをもらったそうです。日本人のメンタリティーはこうやって培われたのではないか。このような大災害をくぐりぬけて日本人というのは形作られたのではないか。そう思っています。
では天罰とはなにか。それは原子力発電所の事故そのものではなく「言葉が通じない」この状況です。原子力にかかわる人々は皆、自説を語ります。とても科学的とは思えない発言をする科学者。心ない発言をする医師。低線量は体に良いとまで言う研究者さえいます。さらに事故以降、多くの安全基準が変更されました。緊急時のためのマニュアルだったはずなのに有効に使われていないものもたくさんあると聞きます。私たちの疑問に答えてくれる人はいません。私たちのSOSの叫びはどこかに消えてしまいました。私たち自身もお互いの言葉を理解できなくなっているかのようです。言葉はどこかに届いているのでしょうか。
まるで旧約聖書のバベルの塔です。神が人間の奢り高ぶりを見て、それまで一つだった言葉を乱し、互いに意思の疎通ができないようにさせた物語です。
3月11日までの世界はこんな世界だったのでしょうか。気づかないだけでお互いの言葉は通じていなかったのでしょうか。仮にそうだとすれば神が「おかしいな、天罰を下していたはずなのに人間は気づいていないぞ。面倒だがもう一度、バベルの塔に天罰を下すか。」と考えたのは無理からぬ話でしょう。二つ目のバベルの塔として福島原発が選ばれ、恩恵を受けていない、皮肉にも持続可能な村づくりを目指していた飯舘村がひどく汚染されてしまったのです。
この二つ目のバベル以後の世界をどのように生きていけばいいのか。私たちは途方に暮れています。
愛する飯舘村を還せプロジェクト
『負げねど飯舘!!』(仮)
常任理事 I.T.
by halunet
| 2011-06-15 21:41
| 原発と核
























