福島現状報告:これは、歴然とした国家犯罪では! |
4月29日から、5月2日まで、金野さんと岩田さんと一緒に福島の福島にいってきました。岩田さんは、残ってまだ地元の市民の要望に応えて、測量を行なっていますが、早く引き上げてきてほしいと、僕は心配しています。今日は、福島の状況について少し報告したいと思います。福島に行った目的は、正確な放射性物質の拡散の情報も得られない福島県の市民にガイガーカウンターを手渡し、市民の手で測定をして、自ら正確な情報を入手しもらい、当面福島県からの避難を促そうという意図がありました。僕たちは、三春町のMさん宅に泊めてもらいました。三春町は、桜の花が咲き乱れ、お寺も多く、こじんまりした、穏やかでとても美しい町で、放射能のことさえ、忘れてしまえば、昨日と今日は、何も変わらず、同じ時間が流れているかのように思われ、眼に見えない放射能被害の恐ろしさを認識し、避難することは、如何に困難かということを思い知らされました。見た目,家屋にはなんの損傷もみられず、そこにはいつもと変わらぬ自宅もあり、生活の糧を得る基盤となっている日常生活があるという状況下で、人々は、移住の決断ができるのだろうかと自分のこととして考えると、本当に苦渋の選択だと思いました。
三春町は、郡山市や福島市に比べると、原発からの距離は近いにもかかわらず、空間線量も比較的低い値で、放射能汚染は、同心円的に拡散するものではないことを改めて認識しました。自動車に搭載している線量計は、ある地区は、とても強く汚染されていたり、200も離れると、半減していたりで、汚染度はまだらで、きめ細かい測量が必要なように思えました。郡山市では、開成山公園は、地面1mで2,22マイクロシーベルト、1cmで2,5マイクロシーベルトととても強く汚染されていました。2,28マイクロシーベルトで、年間被曝量に直せば、20mmシーベルトですから、原発従事者の年間限度量20mmシーベルトを越えていました。
長年、反原発の運動をしてきたMさんところには、言いたいことが言えない状況で、多くの人が相談や今の心境を語りにきます。小学校の女性教員の方から聞いた話は、とてもショックだったので、少しその話を紹介します。彼女は、原発から20kmの少し外に自宅があり、原発の爆発のとき、地震で壊れてしまったサッシの窓を修繕するために屋外にいて被曝してしまったそうです。彼女には、もう症状がでていて、水で顔を洗うと、チクチク、ヒリヒリと皮膚が痛み、物凄くだるいそうです。弟さんは、もう下痢が始まっていて、病院に通っているそうです。私は、原発の被曝で殺されるのかと思うと、死んでもでも死に切れない。彼女の勤める学校では、ある教員が、被曝を恐れて休職して、非難すると申し
出たところ、同僚の教員からお前だけに逃げるのかと、罵詈雑言を浴びせられ、一言も発せず、学校を離れたあと、いなくなった彼の机を蹴っ飛ばす同僚もいたそうです。学校の中でも、一人や二人しかこの事態をおかしいと思っている人がおらず、ほとんどは、文科省や教育委員会の説明を鵜呑みにしていて、おかしいのではないかという人を、考えすぎと軽く片付けられてしまって、なかなか話もできず、一人悩んでいるそうです。また福島では、長崎大学の山下教授が、放射能は怖くないという講演をいたるところでやっていて、そのためそれまでマスクを付けていた子供たちまで、マスクをはずしてしまうようになってしまったと嘆いていました。またどこの家庭でも、避難するべきか否かを巡って家庭内で
も口論が絶えず、家族がばらばらになっているということでした。福島の人たちは、本当に大変な状況に追いやられていると思い、言葉もでませんでした。
夜には、奥さんが妊娠中のカップルと、2歳の女の子のいるご夫婦が訪れ、避難したい意志表示をしてくれたので、とりあえず、北杜市に疎開しませんかと誘いました。それで、近日中にこちらに来ることになりました。彼らがこちらに来られたら、皆さん、どうか彼らを支えてあげてください。どうぞよろしくお願いします。
金野さんと僕は、帰り道、参議院会館で行なわれた集会に参加しました。厚労省や文科省の役人の答弁は、まるで他人事で、同じことを繰り返すロボットのような答弁で、これは歴然とした国家犯罪だと思いました。「わたしたちは、モルモットじゃないだ」と叫んだ福島から来た若い女性の叫びは、多くの福島県民の叫びだと思いました。ともかく子供たちや若い人たちの健康が心配です。僕たちも彼らの声に耳を傾け、動くときだと思います。
どうぞ皆さん、ご協力お願いします。
























