2010年 10月 02日
中国はなぜ自国の領土であると主張するのか |
ヤメ蚊さんのブログに大変、興味深いことが書いてありました。これを読むと、尖閣諸島問題はは日本の戦後処理の問題でもあるのだ、と気がつきます。中国がやたらめちゃくちゃな言いがかりをつけている、といって済ませられるものではないわけですね。
中国の強硬な態度の裏にあるものを理解して、できるだけ良好な関係をつくりだしていくのが外交の役割ではないですか? 逮捕して見たり、相手が強く出てきたから船長を釈放する、なっていうのは外交とはいわない。やはり前原外相は最悪の人選だったとしかいえない。以下転載です。
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なぜ、中国は尖閣諸島を自国の領土だと主張するのか~マスメディアは対立をあおるな
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/20469b0d35cdeb5c0aebd110b7ca67a2
政府が尖閣諸島に領土問題はない、と勇ましいことをいうのは政府の方針としてありうるだろうが、マスメディアが一緒になって、この問題をあおるのはどうだろうか?なぜ、中国が尖閣諸島を領土として主張するのか、そのことをきちんと踏まえたうえで、この問題の処理について検討する必要がある。

*写真は下関条約にうち、台湾割譲を含む部分
そもそも、この問題については、
1895年1月、現地調査をして中国(清国)の支配が及んでいないことを確認した上で、沖縄県に編入し、戦後もそのままだったが、
①70年代以降、周辺に石油などの海底資源が発見されたために、中国や台湾は尖閣諸島の領有権を主張し始めた、
と解説されている。
②の1895年1月の沖縄県編入の時、日本と中国はどういう関係にあっただろう?1894年に始まった日清戦争の講和協議の最中だった。日本は1894年12月には、講和の条件として台湾の割譲を申し出ている。沖縄県編入はその直後に、しかも、周辺諸国に日本が領有するという宣言もないままに行われた。そして、1895年4月、下関条約が締結され、遼東半島などのほか、「台湾全島及び付属諸島嶼」の主権を日本が獲得した。
したがって、中国にしてみれば、日清戦争のどさくさで、一緒に、尖閣諸島の領有権も日本に奪われてしまったという見方も十分にできる。
そして、第二次大戦後、サンフランシスコ平和条約によって、
【日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)、孀婦岩の南の南方諸島(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する】ことが定められ、尖閣諸島は沖縄本島とともに米国の支配下に置かれた。
その尖閣諸島を含む沖縄が日本に返還されたのは、1972年のことだ。
したがって、中国や台湾が、沖縄の日本返還が決まったために、1971年になって、尖閣諸島は日本でなく、中国や沖縄に帰すべきだと主張を始めたとしても、それは遅すぎるとしてばっさり切り捨てることはできないという理屈にも一理はあるわけだ。
もちろん、このような経緯については反論があることだと思う。それらの反論にさらに反論し、中国に領有権があると主張するつもりもない。
しかし、日本が尖閣諸島を領有した当時の事情、そして、中国、台湾が1970年まで領有権の主張をしなかった事情を理解することで、中国、台湾があまりにも不合理なことを言っているわけではないことを理解する必要がある。そうでなければ、中国や台湾がただひたすらに、不合理な傲慢なことを言っているということになる。
実際には、1895年当時、日本が傲慢にも、中国に対し、侵略戦争をしている最中だったのだ。
したがって、中国や台湾の市民が自国の領土であると主張したいという心情は、侵略した国の市民として理解しなければならない。
マスメディアはこういう背景を含めてまで丁寧に説明する必要がある。
特にネットには、このような解説を掲載し、冷静な議論を呼びかけるべきだ。
攻撃的な記事が好まれるのは理解するが、それでは、売れるからと市民の戦意をあおる記事を書き続けた戦前の二の舞だ。
中国の強硬な態度の裏にあるものを理解して、できるだけ良好な関係をつくりだしていくのが外交の役割ではないですか? 逮捕して見たり、相手が強く出てきたから船長を釈放する、なっていうのは外交とはいわない。やはり前原外相は最悪の人選だったとしかいえない。以下転載です。
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なぜ、中国は尖閣諸島を自国の領土だと主張するのか~マスメディアは対立をあおるな
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/20469b0d35cdeb5c0aebd110b7ca67a2
政府が尖閣諸島に領土問題はない、と勇ましいことをいうのは政府の方針としてありうるだろうが、マスメディアが一緒になって、この問題をあおるのはどうだろうか?なぜ、中国が尖閣諸島を領土として主張するのか、そのことをきちんと踏まえたうえで、この問題の処理について検討する必要がある。

*写真は下関条約にうち、台湾割譲を含む部分
そもそも、この問題については、
1895年1月、現地調査をして中国(清国)の支配が及んでいないことを確認した上で、沖縄県に編入し、戦後もそのままだったが、
①70年代以降、周辺に石油などの海底資源が発見されたために、中国や台湾は尖閣諸島の領有権を主張し始めた、
と解説されている。
②の1895年1月の沖縄県編入の時、日本と中国はどういう関係にあっただろう?1894年に始まった日清戦争の講和協議の最中だった。日本は1894年12月には、講和の条件として台湾の割譲を申し出ている。沖縄県編入はその直後に、しかも、周辺諸国に日本が領有するという宣言もないままに行われた。そして、1895年4月、下関条約が締結され、遼東半島などのほか、「台湾全島及び付属諸島嶼」の主権を日本が獲得した。
したがって、中国にしてみれば、日清戦争のどさくさで、一緒に、尖閣諸島の領有権も日本に奪われてしまったという見方も十分にできる。
そして、第二次大戦後、サンフランシスコ平和条約によって、
【日本国は、北緯二十九度以南の南西諸島(琉球諸島及び大東諸島を含む。)、孀婦岩の南の南方諸島(小笠原群島、西之島及び火山列島を含む。)並びに沖の鳥島及び南鳥島を合衆国を唯一の施政権者とする信託統治制度の下におくこととする国際連合に対する合衆国のいかなる提案にも同意する】ことが定められ、尖閣諸島は沖縄本島とともに米国の支配下に置かれた。
その尖閣諸島を含む沖縄が日本に返還されたのは、1972年のことだ。
したがって、中国や台湾が、沖縄の日本返還が決まったために、1971年になって、尖閣諸島は日本でなく、中国や沖縄に帰すべきだと主張を始めたとしても、それは遅すぎるとしてばっさり切り捨てることはできないという理屈にも一理はあるわけだ。
もちろん、このような経緯については反論があることだと思う。それらの反論にさらに反論し、中国に領有権があると主張するつもりもない。
しかし、日本が尖閣諸島を領有した当時の事情、そして、中国、台湾が1970年まで領有権の主張をしなかった事情を理解することで、中国、台湾があまりにも不合理なことを言っているわけではないことを理解する必要がある。そうでなければ、中国や台湾がただひたすらに、不合理な傲慢なことを言っているということになる。
実際には、1895年当時、日本が傲慢にも、中国に対し、侵略戦争をしている最中だったのだ。
したがって、中国や台湾の市民が自国の領土であると主張したいという心情は、侵略した国の市民として理解しなければならない。
マスメディアはこういう背景を含めてまで丁寧に説明する必要がある。
特にネットには、このような解説を掲載し、冷静な議論を呼びかけるべきだ。
攻撃的な記事が好まれるのは理解するが、それでは、売れるからと市民の戦意をあおる記事を書き続けた戦前の二の舞だ。
by halunet
| 2010-10-02 00:01
| 安全保障
























