2010年 09月 15日
お札の顔に福沢はひょっとしてふさわしいのかも知れない? |
8月、小淵沢でちょっと変わったタイトルの講演会がありました。「1万円札から福沢諭吉の引退を勧告する」。福沢諭吉といえば、みなさんはどんなイメージをお持ち出すか?中には自分の尊敬できる日本人リストのトップに入れている方も…。そうそう現在の北杜市長が尊敬する人として福沢を挙げていましたよ。また今年行なった教育関係者を対象としたアンケートで「もっとも優れた教育者」の2位(ちなみに1位は大村はま、3位は吉田松陰)だったそうで、今も幅広い支持を得ている歴史的人物なのですね。とすればお札の顔になっても異論がでることもないはずですが…。講演者の安川寿之輔さんはいったい何をそこで訴えたのでしょうか。

ボク自身のことでいえば、自慢にはならないですが、あれだけ有名な「福翁自伝」だって読んだことがないほど無関心でした。しかし近現代史を9条の会で学ぶうちに、福沢が日本の近代史で、善悪はともかくかなりおおきな存在であることがわかってきました。はっきりいえば「軍事優先の国づくりをして朝鮮中国へ領土を拡大して、欧米に対抗できる強力な帝国を築く」道筋をデザインした人だったのです。「時事新報」を舞台にした言論活動だけでなく、朝鮮の政治混乱に乗じたクーデターで裏から糸を引くとか、かなり実践的な人だったようです(煽動家)。
しかし尊敬する人として福沢諭吉をあげる場合は、この福沢諭吉をイメージしているとは思えません。その時は「天は人の上に人をつくらず…」という「学問のすすめ」の有名な冒頭にあるような人間平等論を主張する日本における先駆的な民主主義者としてイメージしているのでしょう。
安川さんはそこが大問題だというわけです。ここで詳しくは書けませんが、福沢の言論活動をちゃんとたどっていけば,福沢は決して丸山真男が持ち上げるような「典型的な市民的自由主義者」ではなかった。それどころか、「人に圧制を加えられるのはいやだが、人に圧制を加えるのは人生最大の愉快だろう」と海外旅行中に見たイギリス人のアジア人の酷い扱いへの感想として書いている。そして「インド・支那の土人を支配するやり方はイギリス人に見習い、それから次はイギリス人も苦しめて、東洋の支配権を我が一手に握ってやろう」という福沢の生涯を通じての野望が生まれた。これが後の日本破滅への道筋と同じであるのは偶然とは思えません。いわれのない朝鮮人や中国人への差別や蔑視はここがスタートだったという説もあります。
こうなると果たして福沢は日本を代表する顔として、お札を飾るにふさわしい人物であるのか?いや皮肉な言い方をすれば、それが戦争責任・植民地支配責任を清算しきれない未熟な国の顔として、とてもふさわしいのかもしれません。
言いたいのは実は偶像・福沢諭吉を引きづり降ろすことではなく、自分達が何となく民主主義の国に住んでいるようなボクたちの錯覚を取り除こうということ。民主主義は外から入ってきた思想です。そうたやすく根づくものではありません。それに完璧な民主主義を実現しいている国が果たして地球上にあるのかも疑問です。とはいえ人間はその方向で社会をつくっていく努力をするしかないというのが 、いろいろな失敗を重ねた末の 一応の人類の共通認識です。
日本が近代化を進める途中で、福沢の先導で迷いこんだ道=軍事化した天皇制国家主義の地獄から立ち直るために取り入れた戦後の民主主義。それが少しも定着しいていかないのはなぜか?大戦後アメリカ占領軍によって試みられた上からの民主化の延長線上に今ボクらはいます。小沢一郎という上から民主主義の権化によって、最後の始末をつけてくれるかという期待も失せて、迷走はまだまだ続く。
6月に行なった「市民力アップのシンポジウム」。さらに下からの民主主義の準備を怠りなく進めるために「市民力アップの自治講座」を 11月にスタートさせます。皆さんのご参加をお待ちしています。
はるきよしあき(わくわく村しんぶん9月号に投稿)

ボク自身のことでいえば、自慢にはならないですが、あれだけ有名な「福翁自伝」だって読んだことがないほど無関心でした。しかし近現代史を9条の会で学ぶうちに、福沢が日本の近代史で、善悪はともかくかなりおおきな存在であることがわかってきました。はっきりいえば「軍事優先の国づくりをして朝鮮中国へ領土を拡大して、欧米に対抗できる強力な帝国を築く」道筋をデザインした人だったのです。「時事新報」を舞台にした言論活動だけでなく、朝鮮の政治混乱に乗じたクーデターで裏から糸を引くとか、かなり実践的な人だったようです(煽動家)。
しかし尊敬する人として福沢諭吉をあげる場合は、この福沢諭吉をイメージしているとは思えません。その時は「天は人の上に人をつくらず…」という「学問のすすめ」の有名な冒頭にあるような人間平等論を主張する日本における先駆的な民主主義者としてイメージしているのでしょう。
安川さんはそこが大問題だというわけです。ここで詳しくは書けませんが、福沢の言論活動をちゃんとたどっていけば,福沢は決して丸山真男が持ち上げるような「典型的な市民的自由主義者」ではなかった。それどころか、「人に圧制を加えられるのはいやだが、人に圧制を加えるのは人生最大の愉快だろう」と海外旅行中に見たイギリス人のアジア人の酷い扱いへの感想として書いている。そして「インド・支那の土人を支配するやり方はイギリス人に見習い、それから次はイギリス人も苦しめて、東洋の支配権を我が一手に握ってやろう」という福沢の生涯を通じての野望が生まれた。これが後の日本破滅への道筋と同じであるのは偶然とは思えません。いわれのない朝鮮人や中国人への差別や蔑視はここがスタートだったという説もあります。
こうなると果たして福沢は日本を代表する顔として、お札を飾るにふさわしい人物であるのか?いや皮肉な言い方をすれば、それが戦争責任・植民地支配責任を清算しきれない未熟な国の顔として、とてもふさわしいのかもしれません。
言いたいのは実は偶像・福沢諭吉を引きづり降ろすことではなく、自分達が何となく民主主義の国に住んでいるようなボクたちの錯覚を取り除こうということ。民主主義は外から入ってきた思想です。そうたやすく根づくものではありません。それに完璧な民主主義を実現しいている国が果たして地球上にあるのかも疑問です。とはいえ人間はその方向で社会をつくっていく努力をするしかないというのが 、いろいろな失敗を重ねた末の 一応の人類の共通認識です。
日本が近代化を進める途中で、福沢の先導で迷いこんだ道=軍事化した天皇制国家主義の地獄から立ち直るために取り入れた戦後の民主主義。それが少しも定着しいていかないのはなぜか?大戦後アメリカ占領軍によって試みられた上からの民主化の延長線上に今ボクらはいます。小沢一郎という上から民主主義の権化によって、最後の始末をつけてくれるかという期待も失せて、迷走はまだまだ続く。
6月に行なった「市民力アップのシンポジウム」。さらに下からの民主主義の準備を怠りなく進めるために「市民力アップの自治講座」を 11月にスタートさせます。皆さんのご参加をお待ちしています。
はるきよしあき(わくわく村しんぶん9月号に投稿)
by halunet
| 2010-09-15 09:40
| アジアと日本
























