職場を与えよ、から「BIを与えよ」に変えるべきだ |
久松重光 (わくわく村新聞2月号から)
ベーシック・インカムのことを、もうすこし詳しく知りたいと思い、昨年から、何度か、東京の「ベーシック・インカムの実現を探る会」の勉強会に参加してきましたが、今日は、様々な論者のBI論を聞いて、僕が感じたことをごく簡単に書いてみます。やはりBI論で、すぐに話題になるのが、財源論とフリー・ライダー論(働かなくてもお金を支給していいのか)という問題です。そのことに関連して書きます。
ベーシック・インカムの思想にアプローチする際、大別して、①福祉型資本主義社会を希望して、BIに接近する人と、②資本主義システムのパラダイム変換を最重要としてBIを考えている人の二種類の問題意識があるように思えました。前者の代表が,京都府立大学の小沢修司さん、あるいは、人智学のゲッツ・ウェルナーさんといった人で、後者の代表は、アメリカのリチャード・クック、日本の思想史家の関廣野さんです。
1の主唱者の場合、具体的に財源を例示しています。小沢さんは、一人80,000円のBI支給として所得税を、ウェルナーさんは、消費税を財源にすべきと主張しています。小沢さんの講演では、所得税率を40%に上げても、実際は支払う税金は、従来より少ないことを具体的に試算され、これなら今すぐにでも、導入の可能性があるように思えました。またウェルナーさんの見解は、全ての税は、偽装された消費税であるから、税は消費税一本にして、その他の税は廃止すべきだ、という主張です。偽装された消費税という言葉を、少し説明しておくと、たとえば、会社が、事業税や法人税を払っていたとしても、それは、最終的には全て商品の価格に加算されている。それなら、全てを消費税、一本にして、他の税を廃止した方が良いという考えです。
2の主唱者の場合、クックさんや関さんは、マクロ経済的に考えて、利子経済を推進している銀行制度に現代経済の根本的欠陥の根源をみていて、銀行が紙幣を発行することを止めさせ、政府紙幣を発行してそれをBIの財源にすべし、と主張しています。政府紙幣を発行した収入は、国債のように銀行への借金にならず、全てが、国の財源になりますので、財源のことは全く考える必要はない、という主張です。勿論、租税による国家運営は終焉します。
戦争のことを考えると、結局今の戦争の元凶は、金融資本ですから、僕には、関さんやクックさんの考えは、とても魅力的で、一番根本的に思われます。しかし、銀行といった現在の制度に深く条件付けられている現代人の洗脳状態を解いて、多くの人に分かってもらうのは、並大抵のことではないように思えます。関さんは、これを実現する一番高いハードルは、人の意識であると言っていました。
財源論は、このように様々ですが、「フリー・ライダー論」には、全く共通の認識を持っています。小沢さん曰く「働かざるもの食うべからずと主張する人は、現在の社会構造を全く理解していない。働きたくとももう職場を確保することはできません。」
関さん曰く「GDPで測れる生産は、オートメーション化の進展のために、従来の4分の1で、全て賄える。一方、解雇などで労働者数を減らせば、消費者に商品を買う購買力がなくなり、経済は動かなくなる。今の時代は、所得保障をすることは、経済を動かすための必須条件である。「職場を与えよ」という某政党の主張などは、空疎なスローガン以上のものではなく、むしろ「BIを与えよ」という主張に変えるべきだ」と。われわれは、《所得》と《労働》を切り離して考える時代を迎えているのだと思います。
最後につい3日ほどまえ、25年ぶりで、高橋巌さん※と再会し、その講演を聞いてきましたが、彼は、雨宮処凛さんを絶賛し、「彼女は、暮らさせろ、と言っているのではなく、「生きさせろ」、と言っているんです。彼女の本は、私を夢から目覚めさせてくれました」。そして妙好人などの逸話を紹介された後、BIについては「BIは、変革を具体的にイメージできるんです」といい、この資本主義の袋小路を打開する方法は、ほかのBI導入論者も共通でしたが、BIしかないと言っていました。また「最近は全てが、極く簡単に言えるのではないか、と思っています」と言い、「やりたい人は、道を見つけ、やりたくない人は、理由を見つける」とも。
※たかはしいわお シュタイナー研究者で日本人智学協会代表
























