2009年 07月 05日
分かった気になっていませんか? |
板垣雄三さんの6/21の講演で二冊の単行本と雑誌が一冊紹介されました。お話の最後の方で、人ははいつの間にか「分かった気になって」物事を判断してしまう指摘されています。それを壊すのが連続ゼミだから、連続ゼミに参加するとますます分からなくなってくるかもしれない(!)とも警告されました。ん〜なるほど。これらの本もそんな視点から選ばれているかもしれません。世界を広く見ているつもりでも、自分の周りから同心円的に広げるボクらの視野の狭さを克服するヒントが、これらの資料の中にきっとあるのだろうと思います。すぐ分かった気になる私などは必読ということですね(汗)。


*「不在者たちのイスラエル」田浪亜央江 著 インパクト出版会 2008年 ¥2520
*「エルサレムの20世紀」マーチンギルバート著 草思社 1998年 ¥5145
高価な本もあるので、みんなで図書館にリクエストしましょう!
もう一冊の雑誌は「現代思想」2009年3月号です。そこに掲載された板垣先生の論文を以下に転載します。長いですよ。じっくりお読み下さい。
この号はまだAMAZONなどで買うことができます。¥1300
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<世界の未来を透視する>
板垣雄三
いまは歴史のどんな転換点なのだろう
かつて、人の一生は、ひとつの時代におさまるのが普通のことだった。時はゆったりと流れていた。人類の歩みのなかで、農業や牧畜が生業として成り立つには、気も遠くなるほどの世代をつらねた人生の累積が必要だった。戦争や革命に翻弄される生涯は、激動の時代に点滅しながら浮き沈みする「生(せい)」だった。ところが、いまや、転生(てんしょう)よろしく三世(さんぜ)も四生(ししょう)も一度に生きたという感慨をいだく人は少なくないのである。大日本帝国の終わりを体験し、冷戦とソ連社会主義の終わりを見とどけ、そして米国の時代の終わりに立ち会っているからだ。
二〇〇八年秋から〇九年の初めにかけて、三つの出来事が世界を揺るがした。時間的順序でいえば、
①かねて予想されていた米国発の金融危機が引き金となって、深刻な世界恐慌の様相が深まった結果、新自由主義の独り歩きは無残にも破綻したことがだれの目にも明らかになった。
②米国史上、第44代目にしてはじめて、白人キリスト教徒ではない(アフリカ系で、フセイン[の息子]バラクという二つのアラビア語名をもち、イスラームの背景をさえもつ)大統領が出現した。
③イスラエル国家が、長期の苛酷な占領ついで封鎖により半殺し状態にしてきたガザ地帯のパレスチナ住民に対して、集団懲罰の全面攻撃をくわえ、(攻撃停止を求める国連決議は拒否したのち、米国大統領就任式にあわせて一方的に停戦するまで)22日間、殺戮・破壊をほしいままにし、このため犯罪国家イスラエルへの疑惑が世界中にひろがり、「中東和平」とか「テロとの戦い」といった言説のいかがわしさを人びとに悟らせるようになった。
ここで浮かびあがる〈現在〉の特徴として、つぎの三点に注意を払っておこう。
○a新自由主義の評判失墜/傲慢(ゴーマン)一国主義の末路/「反テロ戦争」の正体露見、ほとんど同時に起きたこれらのことが、相互に密接に(つまり構造的に)繋がりあった問題なのだということを、人びとは直感し、その意味を思案しはじめた(直感とは、日本でいうと、派遣村と猛爆下のガザ市民との一体性の感覚、など)。資本主義のこれから/「正義とは何か」のこれから/世界の構図のこれから/グローバル化のこれから/覇権と富の配分のこれから/情報化社会のこれから/戦争と平和(安全)のこれから/宗教と文明のこれから/が、これまでのお仕着せ解答をふり払って一挙に新鮮な問いとなる。
○b人びとが期待や幻想を打ち砕かれ、掛け値なしの「現実」と向かいあって、自分の認識を自力で確かめなおすようになると、権力迎合の社会的マインドコントロールを請負って「世論」形成・「次世代」形成の役割を自任してきたマスコミや教育行政の「公器性」・「公共性」は化けの皮がはがれ、ニセ「民主主義」のカラクリが見やぶられることになる。
○cこんな状況のもとで、なにより重大なのは、ありきたりの「世界の見方」・「歴史の見方」があらためて根本的な挑戦にさらされるようになることだ。どんな挑戦か。無法と不公正をはびこらせ、国家テロと差別・格差の激化が人間存在と環境とを破壊するのを放置してきた、マヤカシの国際「秩序」は、命脈が尽きたのではないかという反省。/そして欧米中心主義でモノを考える思考の慣性を断ち切り、多元的(多極というより無極の)ネットワーク世界を成り立たせるための、新しい構想力・論理を希求する風潮。/これらが世界中にひろがりだした。批判の矢が、米国・イスラエルのこれまでの目にあまる戦争衝動にとどまらず、反イスラームと反ユダヤ主義とから足を洗
えなかったヨーロッパ的「近代」そのものに、向けられることになるのは必至だ。歴史の総括的批判の対象になるのは、十字軍このかた「宗教は対立する」という思い込みで宗教対立を煽り操ってきた欧米の植民地主義、/西欧中心の「国民国家」システムを標準化し「近代化イコール西欧化」を約束事にしてきた仮想(バーチャル)「国際社会」の観念、/資源・市場はもちろん情報・心性までもわがもの顔に略奪し管理する軍事力と結びついた大量生産・モノカルチャー型産業主義やそれが生みだした生活スタイル、/などだろう。
さて、このように考えてくると、いま世界は、どの角度から眺めても、また異なる尺度のモノサシのどれをあてはめてみても、おおきな曲がり角・きわだった転換期にさしかかっている、と言わなければならない。いわば「転機」複合。短中期的にも・巨視的にも、私たちは重複したいくつもの時代の境目を生きている。対抗しあう運動・作用が交錯する場で、長短さまざま不均質な「諸」時代の波動がかち合って、緩急やジグザグや上下動をひきおこし、巨大渦巻きが発生したりする。複雑系の連動的変化の進行だ。一筋縄ではダメ、せめて複眼思考で立ち向かうしかない。転落・迷って引き返し・天候急変・ビバーク・…、道を拓きながら往く、人類史上未踏、難所だらけの分水山
脈ごえだ。
問いなおされるイスラエル国家の原点
イスラエル軍が〇八年暮れから三週間余にわたって実行したガザ攻撃(「鉛(なまり)の鋳物」作戦)は、「ユダヤ人国家」の実態というより本質を、世界のまえにさらけだした。それは、じつはイスラエル建国期以来、六十年間えんえんと繰り返されてきた行為の延長線上に位置するものだったのだが、世界中の人びとの心にリアルタイムの衝撃的事件として強烈な印象を焼きつけた。意図的に真実を歪めるマスメディアの影響力ばかりが目立つ日本においても、社会に既成観念として定着していたイスラエル観をはげしく揺るがした。
高度の電子的な支配管理技術を駆使しつつ、ガザ地帯をまるごと異常な人口密度の巨大「監獄」にして厳重に封鎖し、ライフライン・食糧・燃料・医薬品を断ったうえで、米国から供給された残虐兵器を使って市民生活に襲いかかり、「戦争」とは似つかぬ一方的武力制圧を演じたイスラエル。無差別な市民殺傷と住居破壊、幼児狙い撃ち、果樹もろとも生業の根絶、病院・救急車・学校・モスク・国連施設を標的とする攻撃。こんなあからさまなジェノサイド(集団殺戮)は、パレスチナ人の抵抗の意志(それと無関係な「民間人」・「一般市民」などどこにもいない)を逆につよめただけでなく、イスラエル国家の国際的イメージをいたく傷つける結果となった。報道管制などイス
ラエルの仕組んだ密室効果は裏目に出る。パレスチナ人の手製ロケットや物資補給の地下トンネルをいかに問題にしても、イスラエルの「自衛戦争」論には無理があった。
ところが、イスラエル国家内部の次元では、「鉛の鋳物」作戦は、首相の汚職でミソをつけた連立与党にとって起死回生の選挙キャンペーンであり、オバマ政権登場までの米国政治空白期間につけこんでイラン・イラク対策(これは同時にサウジアラビア・エジプト・トルコ・ヨルダン対策でもある)のリスク管理戦略の布石をうつ攻めの一手でもあった。イスラエルがわ死傷者および捕虜の数字を気にするPR戦争の臆病さを隠す作戦(デモンスト)実演(レーション)の激烈さと、イスラエル国家の将来が不安だから奮起する選挙民の好戦熱とは、相乗効果を生んだ。EU・日本も、国連も、事態を憂慮してはみせても「中東和平」のタテマエ論に終始するだけで、ハマースと接触はせ
ずイスラエルの軍事行動を明確に非難するでもなく、一部アラブ諸国とともにイスラエルの行動を黙認して終わったことは、イスラエルにとっては有利な国際環境と理解された。
こうして〇九年二月総選挙の結果、イスラエル社会は、領域内の民族浄化の徹底と/本命のイラン攻撃(レバノン・シリア攻撃ともセットの)と/に向かって、米国・EUや親米アラブ諸政権を窮地に追いこむばかりか世界全体を動乱に叩きこむことになる危険など顧みず、冒険主義の深みにズルズルとはまり込んでいく可能性をつよめているのである。
このままでは、イスラエル国家はサバイバルを求めるために自滅の道を歩みかねない。単純な比較はもちろん成り立たないが、「国がつぶれる」手近な事例として、イスラエルとも縁が深いソ連邦の場合を見ると、意味深長だ。ソ連が崩壊へと進む直接のきっかけは、「イラン・イスラーム革命」対策としての対アフガニスタン軍事介入だったが、それは一九一七年ロシア革命によってソ連が誕生してからほぼ六十年後のことだった。
一九世紀からのシオニズム運動、その達成として一九四八年に成立したイスラエル国家、これらを支えてきた欺瞞の言説のほころびは、これから、あたかも「とき満ちた」かのように、とめどなく拡がっていかざるを得ない。[パレスチナ人の存在をアタマから否定し抹殺する]「民なき土地を土地なき民に」/「テロリズムの宗教=イスラーム」(コーランか剣か、異教徒殺しのジハード、原理主義過激派)/[じつは海に追い落とされたのはパレスチナ人なのに]「ユダヤ人を海に追い落とす野望」(ナチも顔負け反ユダヤ主義のパレスチナ人、イスラーム・ファシズム)/など、十字軍時代以来の二番煎じ・三番煎じの見え透いた事実ねじ曲げの言説については、論外だ。
だが、ロシア帝国のポグロム/そしてなによりもナチズムによるホロコースト/が起きたからこそ、「ユダヤ人国家」イスラエルは生まれなければならなかったのだ、という言説は、パレスチナ問題解釈をいまなお強力に脚色している。それは、いわばパレスチナ人を人間扱いせずに道具化する論理であると同時に、なによりナチを巨悪に指定することによって欧米の反ユダヤ主義一般の罪を軽くするシカケでもある。ユダヤ人を差別・迫害するという業(ごう)を抱えこむ欧米社会が、その歴史的責任に対する「償い」を、みずからの痛みによってでなくパレスチナ人に肩代わりさせる方式で、果たしたことにする、という考え方だ。「ユダヤ人国家」を実現し維持するために、パレス
チナの民族浄化(パレスチナ人の立ち退き・追放・抹殺)は仕方がなかった、というわけだ。
自分勝手で非道なこの一方的自己「免責」は、もともとユダヤ教徒を(欧米流の「ユダヤ人」差別とは異なる)共生の不可分の一員として抱擁してきたパレスチナ社会の伝統を解体するものだから、ほんとうはさらに重大な罪責を感じなければならないことでもあるのだ。しかも、「罪滅ぼし」のキレイごとに見せて、欧米から被差別者ユダヤ人を棄民として押しだす「おためごかし」の策略でもある。パレスチナ問題は、こうしてヨーロッパにおける歴史的な「ユダヤ人問題」を重層化するものとなる。現在の世界において差別・迫害・略奪・離散・虐殺という「ユダヤ人」的なあり方をたえず強いられているのは、パレスチナ人だ。人種主義の「ユダヤ人国家」の支配のもとで、またその持続のために、パレスチナ人は新しい「ユダヤ人」的存在として編成された。ところが、欧米内部の反ユダヤ主義の責任までかぶる最大の被害者として、不正義の深い谷底から抗議の声を上げ人間の尊厳の回復のためたたかうパレスチナ人の闘いは、それと連帯しようとする運動もろとも、「反ユダヤ主義」のレッテルを貼られて非難されている。しかし、「ユダヤ人国家」による軍事占領・経済封鎖/強引な入植地拡大と隔離政策/集団懲罰と民族浄化/水資源奪取と生存権否定/国際法無視/…が放置され許容されるという異常状態が、持続できなくなりはじめた。六十年余にわたり追放し征服しつづけてきた難民たちをさらに「自衛」の名において殺戮することの無理が、また、それに耐えてひるまないことを「暴力と憎しみの連鎖」と片付けることの無理が、露呈されはじめた。
事柄の本質は、「抑圧と抵抗」の関係であって、「紛争解決」や「信頼醸成」ではない。市民社会の大原則であったはずの「抵抗権」の根拠をないがしろにする意図を秘めて「テロ」・「民間人」・「和平」・「国際社会」などの概念を濫用する政治的ご都合主義には、きびしい批判が加えられるようになるだろう。イスラエル国家の人種主義・植民地主義・軍国主義と、これを助長してきた「国際政治」の構造欠陥とが、あいともに槍玉に挙がるのは避けられない。ここで、パレスチナ人の「ナクバ」(大災厄・大破局。一般に一九四八年イスラエル建国時のパレスチナ人の追放・虐殺・離散を意味するが、最近ではむしろその〈現在〉的持続に注意が払われる)を無視し隠蔽する装置と化した「ホロコーストの記憶」の犯罪性が注目されることになる。なぜなら、ホロコーストが「記憶」されるべき段階のはじまりはすでにナクバが荒れ狂う時代だったのだから。ホロ
コーストの「記憶」をふりかざしてナクバを敢行する人たちがいた。ホロコースト批判はナクバ批判を離れてはあり得ない。
目の前の「ホロコースト」的事態とその犠牲者たちを捨象するような「ホロコースト記念」とは、ホロコーストの死者たちの死を冒涜することではないのか。ここから、世界はパレスチナ問題における一九四八年問題に、あらためて取り組まなければならなくなる。それは、一九六七年の六日戦争とともに発生したイスラエル占領地・併合地の戦後処理(「土地と平和の交換」方式による「中東和平」、「二国家方式」によるパレスチナ問題解決)が、すでに確立された既成事実として扱って大前提にしようとした/あるいは国家の「生存権」の尊重という概念をもちいてあらたに確立させようとしていた/「イスラエル国家」というものについて、それはなぜ、またいかにして存在するにいたったのかという問題次元に立ち戻って再検討しようとする動きである。イスラエルとい
う国を創ってしまったために今日の世界の混迷が起きているのではないか、という認識がつよまりつつあることの反映だ。
イスラエルの成立が国連決議にもとづく、という認識には、疑問が多い。一九四七年一一月の総会決議一八一号は、パレスチナ住民の意志を問うことなく(自己決定権の無視)パレスチナの政治的将来を決定しただけでなく、ユダヤ人国家・アラブ国家・国際化されたエルサレムへの三分割という決議の内容は現しないままとなった。イスラエルは、四八年五月の一方的独立宣言以後、決議一八一が予定したユダヤ人国家の領域より拡大した範囲で、かつまったく異なった三分割(イスラエル・エジプト・ヨルダン三国による分割)の一部分として、国境をもたず軍事境界線のみで囲まれた変則国家として成立していく。
エルサレムで事態収拾にあたっていた国連調停官(スウェーデン王族の)ベルナドット伯がシオニスト改訂派の武装グループに暗殺されたのち、四八年一二月総会決議一九四号はパレスチナ難民の帰還権(または補償を受ける権利)とエルサレム国際化への歯止め措置とを定めたが、国連はイスラエルがこれら重要条件を遵守する立場をとることを想定し、四九年五月総会決議二七三号によりイスラエルを「平和愛好国」と認定して、その国連加盟を承認した。国連が予定したパレスチナの未来図からすれば、いちじるしく不斉合かつ非組織的で粗忽な処置だったと言わなくてはならない。
はたして、その後、決議一九四は、エルサレム・難民帰還権の両問題についてイスラエルはこれを実行しないどころか、むしろ故意の違反行為によって発生させた事情変更を理由として棚上げされ、事実上無効とされたまま、六十年が経過した。さらにこの間、イスラエルが国際法に違背してつぎつぎと累積してきた諸問題・新事態について、無数の安保理事会決議が履行されず、あるいは違反がかさねられるばかりであり、また多数の重要な決議案が米国の拒否権で葬り去られた。イスラエルの核開発は、核を持つとも持たないとも明らかにしない政策のもと、国際管理体制を尻目に、野放しですすめられた。
一九七六年ノーベル平和賞受賞者の北アイルランドのマイレッド・コリガンは、イスラエルの核武装を暴露・告発して18年間投獄され釈放後も自由を制約されているイスラエル市民モルデハイ・バヌヌの救援活動に挺身しつつ、二〇〇七年ヨルダン西岸ビリン村でのパレスチナ人の非暴力の隔離壁建設反対運動に参加してイスラエル兵に狙撃され負傷したが、彼女はイスラエルの国連加盟の取消しを要求する運動をおこしている。米国のカーター元大統領は、イスラエル国家の政策をアパルトヘイトと評する題名の書物をまとめて物議をかもした。かつて南アフリカのアパルトヘイト体制を撤廃へと導いた対南ア国際ボイコットに見合う国際的圧力を、あらたにイスラエルに向けて組織
化するよう要求する動きも拡がりつつある。これらが、やがて「千丈の堤も蟻穴より崩れる」の譬えどおり、おおきな意味を発揮する日がこないとは限らない。
オバマは「反テロ戦争」時代を変えられるか
四面楚歌のなか退陣するジョージ・W・ブッシュ大統領は、イスラエルのオルメルト暫定首相の意地悪なリークで、靴投げにつづく最後の辱めを受けた。国連安保理のガザ停戦決議をお膳立てしたライス国務長官が票決では急遽「棄権」にまわったのは、私がホワイトハウスに電話を一本入れてそうさせたのだ、と暴露したからである。
ブッシュの戦争犯罪を裁くことができるか?これは今後の人類的課題だが、反面、オバマ新大統領の出現はブッシュの功績であるとも言えるだろう。「チェンジ」と「イラク撤退」の旗印を掲げて選挙戦を勝ち抜いたバラク・オバマは、当選を境に、民主党の左寄り反戦派から民主党中道派と共和党穏健派との連合へと足場をシフトさせたとも見られている。だが、オバマの立場について注目すべきもっとも大事な点は、彼が立候補時から大統領就任まで一貫して「反テロ戦争」の持続を主張していることだ。イラク戦争は過ちであり失敗だったとしても、アフガニスタンでは兵力を増強して戦い抜く、と言う。ブッシュ政権が幕をひらいたグローバル「反テロ戦争時代」は、オバマ政
権に代わったからといって幕引きとなるわけではない。
「反テロ戦争」は一九七〇年代にイスラエル国家が発案したものだが、その最初の大規模な発現は八二年レバノンからPLO(パレスチナ解放機構)を追いだす第一次レバノン戦争だった。それを機にイスラエル同調を一挙につよめた米国は、二一世紀にはいると九・一一事件をきっかけに米国主導の「反テロ戦争時代」をひらいた。だから、「反テロ戦争」は、戦場がどこであれ、パレスチナ問題が基軸となるのである。イスラエル国家に抵抗し反発し批判する者は、「テロリスト」として懲罰を受けなければならない、という論理。世界のなかでことさらイスラーム教徒は、パレスチナ問題の不公正に他人事(ひとごと)ならずはげしく怒っている人たちだから、「反テロ戦争」の主
要な相手はイスラーム教徒ということになり、遠からず人類の三分の一がイスラーム教徒という趨勢のもとでは、「反テロ戦争」はグローバルな舞台をもつことになる。
この意味で、オバマ政権の成立は、不正に不正の上塗りをする「反テロ戦争」の絶望的スパイラルから脱けだして「反テロ戦争時代」に終止符をうつという希望からは、はるかに遠いものと言わなくてはならない。予備選段階で、オバマは、最強イスラエル・ロビーのAIPAC(米イスラエル公共問題委員会)の集会で、自分はイスラエルを絶対に裏切らない友人だと言い、統合エルサレム(イスラエルが武力で征服し併合した東エルサレムを含む)がイスラエルの永遠の首都であることを支持すると誓っていた。彼は、もともと「私はシオニストだ」と公言して強烈なイスラエル支持者として有名だったジョー・バイデンを副大統領候補に選び、当選後は、これまた親イスラエルの
ヒラリー・クリントンを国務長官に、イスラエル市民権をもちイスラエルで軍務についたこともあるラーム・エマニュエルをホワイトハウスの主席補佐官に任命し、前政権の国防長官ロバート・ゲイツの留任を決めた。新大統領はこうした人びとに取り囲まれているのだ。政権を支える者のなかには、たちまち中東特使として派遣されたジョージ・ミッチェルのごとくレバノン人キリスト教徒の家庭に育ちアラブ圏をよく知る人や、外交スタッフに登用されたセイイド・ヴァリレザー・ナスルのごとく高名のイラン人イスラーム学者の子息などもいるが、「反テロ戦争」に対する政権のスタンスにおいて、親イスラエル色がことさら濃厚なのは否めない。
学生時代、アパルトヘイトに反対する南ア・ボイコットの草の根運動家でもあったオバマが、大統領の座に到達するには、これだけの入念な手続きと仕掛けとが必要だったのだ、と言えるかもしれない。米・イスラエル関係が、米国の国内政治過程の深部に組みこまれているからだ。オバマ政権成立直後のホワイトハウス・ホームページの「外交政策」は、アフガニスタン・パキスタン/イラン/中東和平/イスラエル支援/という中東関連の記述で埋めつくされている。これから米国がアフガニスタン・パキスタンでイラクの二の舞の泥沼に苦しむことになるのは確かだ。ソ連をつぶしたアフガンは、米国の凋落をも促進するだろう。英国は「反テロ戦争」概念の見なおしを公表し、
NATO諸国はすでにアフガニスタンの軍事的負担に苦しんでいる。そして、なにより、イスラエルの対イラン攻撃衝動が米新政権にとっての深刻な危険を予告してもいる。こんな危機的状況下では、あるいは大統領を囲む「親イスラエル」の人びとこそ、逆に局面打開のためオバマが頼ることのできるカギ人物たちなのかもしれない。
いずれにしても、オバマ政権は、瀕死の欧米中心主義が企てる「自己破産」の悪あがきスキームにおいて、大事な捨て石とされるのではないか。「反テロ戦争」それ自体が、欧米中心主義の「自己破産」の一ステップなのである。失敗や挫折こそ「反テロ戦争」持続のための滋養であり、そうした泥沼化こそ世界全体に責任を分担させ、返済不能な欧米の道義的債務を処理することができる道だと考える人たちがいるからだ。オバマ大統領は、その伝で、失敗する役割を演じなければならない。アフリカ系アメリカ人に委ねてみても、問題は解決できないことを証明させることによって、「自己破産」は完成するのである。
このようなシナリオに対して、まったく意表をつく別コースを構想することができるかどうかに、希望を開く「世界の針路」の成否がかかっている。かつてナクバの「地獄」のなかから、ヤーセル・アラファートやサラーハ・ハラフやハリール・アル=ワズィールら、パレスチナ人の二〇才台の若者たちがガザでレジスタンスを開始した。彼らはカイロで政治学や工学をまなび、クウェートを拠点とする経済活動で資金をつくった。この人たちは闘いのなかで斃れ、殺されていった。いま停滞と閉塞のうちにあるパレスチナ人の運動は、世界に散ったディアスポラのパレスチナ人も含めて、十代〜二十代の新しい世代によって再生され、彼らのおかれている場の局面をおおきく転換する新時代に向かって飛躍するのではないか。そして、日本や欧米を含め世界のあらゆる地域においても、パレスチナ人のそれと並行する現象の出現が待たれるところなのである。
世界の未来を遠望する
いずれにしても、世界が「中東化」していくのは、必然だ。「自己と他者」といった中心主義や二項対立的二分法や排中律を乗りこえて、多様な「自己」を無限に実現でき、中心性と辺境性をあらゆるポイントでダイナミックに統合でき、「多即一」・「万物あるがまま」の境地であるアイデンティティー複合を社会的展開として活かしていくことができるような、ネットワークとパートナーシップの世界、それが人類文明の始原回復としての「中東化」なのである。
中東と相似して、アメリカ大陸(「アメリカ」)は、そこで世界が集散するグローバリズムの場を表象する。中東は先天的・運命的に、「アメリカ」は後天的・獲得的に、そのような場で
あるという違いはあるとしても。ヨーロッパからの植民者による国家として、「選民意識」をもって成り立ってきた米国にとって、すでにオバマ大統領を持つことが象徴するように、真正の「アメリカ化」こそその未来像でなければならない。排除される差別意識を裏返しながら、排他的な人種主義に立つ植民者国家として、欧米の「前哨」という位置づけで成立させられたイスラエルは、避けがたく、これから「パレスチナ化」していくこととなろう。
米国やイスラエルと同様に、先住民の地名を変えられずに受け継いできた日本国家の場合は、エゾ・エミシ退治、「俘囚」の組みこみ、「征夷」大将軍権力の歴史、きたない騙し討ちを忘却するための「武士道」と「和」の精神、「単一民族」神話、などに彩られる、身についた人種主義・植民地主義・軍国主義を、これからどのように超克できるかが、未来に向かって問われているのである。
(いたがき ゆうぞう・中東研究)
現代思想』(青土社)2009 vol. 37-3[特集 オバマは何を
変えるか—新-新世界秩序] 2009.3.1発行 pp.108-119.


*「不在者たちのイスラエル」田浪亜央江 著 インパクト出版会 2008年 ¥2520
*「エルサレムの20世紀」マーチンギルバート著 草思社 1998年 ¥5145
高価な本もあるので、みんなで図書館にリクエストしましょう!
もう一冊の雑誌は「現代思想」2009年3月号です。そこに掲載された板垣先生の論文を以下に転載します。長いですよ。じっくりお読み下さい。
この号はまだAMAZONなどで買うことができます。¥1300
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
<世界の未来を透視する>
板垣雄三
いまは歴史のどんな転換点なのだろう
かつて、人の一生は、ひとつの時代におさまるのが普通のことだった。時はゆったりと流れていた。人類の歩みのなかで、農業や牧畜が生業として成り立つには、気も遠くなるほどの世代をつらねた人生の累積が必要だった。戦争や革命に翻弄される生涯は、激動の時代に点滅しながら浮き沈みする「生(せい)」だった。ところが、いまや、転生(てんしょう)よろしく三世(さんぜ)も四生(ししょう)も一度に生きたという感慨をいだく人は少なくないのである。大日本帝国の終わりを体験し、冷戦とソ連社会主義の終わりを見とどけ、そして米国の時代の終わりに立ち会っているからだ。
二〇〇八年秋から〇九年の初めにかけて、三つの出来事が世界を揺るがした。時間的順序でいえば、
①かねて予想されていた米国発の金融危機が引き金となって、深刻な世界恐慌の様相が深まった結果、新自由主義の独り歩きは無残にも破綻したことがだれの目にも明らかになった。
②米国史上、第44代目にしてはじめて、白人キリスト教徒ではない(アフリカ系で、フセイン[の息子]バラクという二つのアラビア語名をもち、イスラームの背景をさえもつ)大統領が出現した。
③イスラエル国家が、長期の苛酷な占領ついで封鎖により半殺し状態にしてきたガザ地帯のパレスチナ住民に対して、集団懲罰の全面攻撃をくわえ、(攻撃停止を求める国連決議は拒否したのち、米国大統領就任式にあわせて一方的に停戦するまで)22日間、殺戮・破壊をほしいままにし、このため犯罪国家イスラエルへの疑惑が世界中にひろがり、「中東和平」とか「テロとの戦い」といった言説のいかがわしさを人びとに悟らせるようになった。
ここで浮かびあがる〈現在〉の特徴として、つぎの三点に注意を払っておこう。
○a新自由主義の評判失墜/傲慢(ゴーマン)一国主義の末路/「反テロ戦争」の正体露見、ほとんど同時に起きたこれらのことが、相互に密接に(つまり構造的に)繋がりあった問題なのだということを、人びとは直感し、その意味を思案しはじめた(直感とは、日本でいうと、派遣村と猛爆下のガザ市民との一体性の感覚、など)。資本主義のこれから/「正義とは何か」のこれから/世界の構図のこれから/グローバル化のこれから/覇権と富の配分のこれから/情報化社会のこれから/戦争と平和(安全)のこれから/宗教と文明のこれから/が、これまでのお仕着せ解答をふり払って一挙に新鮮な問いとなる。
○b人びとが期待や幻想を打ち砕かれ、掛け値なしの「現実」と向かいあって、自分の認識を自力で確かめなおすようになると、権力迎合の社会的マインドコントロールを請負って「世論」形成・「次世代」形成の役割を自任してきたマスコミや教育行政の「公器性」・「公共性」は化けの皮がはがれ、ニセ「民主主義」のカラクリが見やぶられることになる。
○cこんな状況のもとで、なにより重大なのは、ありきたりの「世界の見方」・「歴史の見方」があらためて根本的な挑戦にさらされるようになることだ。どんな挑戦か。無法と不公正をはびこらせ、国家テロと差別・格差の激化が人間存在と環境とを破壊するのを放置してきた、マヤカシの国際「秩序」は、命脈が尽きたのではないかという反省。/そして欧米中心主義でモノを考える思考の慣性を断ち切り、多元的(多極というより無極の)ネットワーク世界を成り立たせるための、新しい構想力・論理を希求する風潮。/これらが世界中にひろがりだした。批判の矢が、米国・イスラエルのこれまでの目にあまる戦争衝動にとどまらず、反イスラームと反ユダヤ主義とから足を洗
えなかったヨーロッパ的「近代」そのものに、向けられることになるのは必至だ。歴史の総括的批判の対象になるのは、十字軍このかた「宗教は対立する」という思い込みで宗教対立を煽り操ってきた欧米の植民地主義、/西欧中心の「国民国家」システムを標準化し「近代化イコール西欧化」を約束事にしてきた仮想(バーチャル)「国際社会」の観念、/資源・市場はもちろん情報・心性までもわがもの顔に略奪し管理する軍事力と結びついた大量生産・モノカルチャー型産業主義やそれが生みだした生活スタイル、/などだろう。
さて、このように考えてくると、いま世界は、どの角度から眺めても、また異なる尺度のモノサシのどれをあてはめてみても、おおきな曲がり角・きわだった転換期にさしかかっている、と言わなければならない。いわば「転機」複合。短中期的にも・巨視的にも、私たちは重複したいくつもの時代の境目を生きている。対抗しあう運動・作用が交錯する場で、長短さまざま不均質な「諸」時代の波動がかち合って、緩急やジグザグや上下動をひきおこし、巨大渦巻きが発生したりする。複雑系の連動的変化の進行だ。一筋縄ではダメ、せめて複眼思考で立ち向かうしかない。転落・迷って引き返し・天候急変・ビバーク・…、道を拓きながら往く、人類史上未踏、難所だらけの分水山
脈ごえだ。
問いなおされるイスラエル国家の原点
イスラエル軍が〇八年暮れから三週間余にわたって実行したガザ攻撃(「鉛(なまり)の鋳物」作戦)は、「ユダヤ人国家」の実態というより本質を、世界のまえにさらけだした。それは、じつはイスラエル建国期以来、六十年間えんえんと繰り返されてきた行為の延長線上に位置するものだったのだが、世界中の人びとの心にリアルタイムの衝撃的事件として強烈な印象を焼きつけた。意図的に真実を歪めるマスメディアの影響力ばかりが目立つ日本においても、社会に既成観念として定着していたイスラエル観をはげしく揺るがした。
高度の電子的な支配管理技術を駆使しつつ、ガザ地帯をまるごと異常な人口密度の巨大「監獄」にして厳重に封鎖し、ライフライン・食糧・燃料・医薬品を断ったうえで、米国から供給された残虐兵器を使って市民生活に襲いかかり、「戦争」とは似つかぬ一方的武力制圧を演じたイスラエル。無差別な市民殺傷と住居破壊、幼児狙い撃ち、果樹もろとも生業の根絶、病院・救急車・学校・モスク・国連施設を標的とする攻撃。こんなあからさまなジェノサイド(集団殺戮)は、パレスチナ人の抵抗の意志(それと無関係な「民間人」・「一般市民」などどこにもいない)を逆につよめただけでなく、イスラエル国家の国際的イメージをいたく傷つける結果となった。報道管制などイス
ラエルの仕組んだ密室効果は裏目に出る。パレスチナ人の手製ロケットや物資補給の地下トンネルをいかに問題にしても、イスラエルの「自衛戦争」論には無理があった。
ところが、イスラエル国家内部の次元では、「鉛の鋳物」作戦は、首相の汚職でミソをつけた連立与党にとって起死回生の選挙キャンペーンであり、オバマ政権登場までの米国政治空白期間につけこんでイラン・イラク対策(これは同時にサウジアラビア・エジプト・トルコ・ヨルダン対策でもある)のリスク管理戦略の布石をうつ攻めの一手でもあった。イスラエルがわ死傷者および捕虜の数字を気にするPR戦争の臆病さを隠す作戦(デモンスト)実演(レーション)の激烈さと、イスラエル国家の将来が不安だから奮起する選挙民の好戦熱とは、相乗効果を生んだ。EU・日本も、国連も、事態を憂慮してはみせても「中東和平」のタテマエ論に終始するだけで、ハマースと接触はせ
ずイスラエルの軍事行動を明確に非難するでもなく、一部アラブ諸国とともにイスラエルの行動を黙認して終わったことは、イスラエルにとっては有利な国際環境と理解された。
こうして〇九年二月総選挙の結果、イスラエル社会は、領域内の民族浄化の徹底と/本命のイラン攻撃(レバノン・シリア攻撃ともセットの)と/に向かって、米国・EUや親米アラブ諸政権を窮地に追いこむばかりか世界全体を動乱に叩きこむことになる危険など顧みず、冒険主義の深みにズルズルとはまり込んでいく可能性をつよめているのである。
このままでは、イスラエル国家はサバイバルを求めるために自滅の道を歩みかねない。単純な比較はもちろん成り立たないが、「国がつぶれる」手近な事例として、イスラエルとも縁が深いソ連邦の場合を見ると、意味深長だ。ソ連が崩壊へと進む直接のきっかけは、「イラン・イスラーム革命」対策としての対アフガニスタン軍事介入だったが、それは一九一七年ロシア革命によってソ連が誕生してからほぼ六十年後のことだった。
一九世紀からのシオニズム運動、その達成として一九四八年に成立したイスラエル国家、これらを支えてきた欺瞞の言説のほころびは、これから、あたかも「とき満ちた」かのように、とめどなく拡がっていかざるを得ない。[パレスチナ人の存在をアタマから否定し抹殺する]「民なき土地を土地なき民に」/「テロリズムの宗教=イスラーム」(コーランか剣か、異教徒殺しのジハード、原理主義過激派)/[じつは海に追い落とされたのはパレスチナ人なのに]「ユダヤ人を海に追い落とす野望」(ナチも顔負け反ユダヤ主義のパレスチナ人、イスラーム・ファシズム)/など、十字軍時代以来の二番煎じ・三番煎じの見え透いた事実ねじ曲げの言説については、論外だ。
だが、ロシア帝国のポグロム/そしてなによりもナチズムによるホロコースト/が起きたからこそ、「ユダヤ人国家」イスラエルは生まれなければならなかったのだ、という言説は、パレスチナ問題解釈をいまなお強力に脚色している。それは、いわばパレスチナ人を人間扱いせずに道具化する論理であると同時に、なによりナチを巨悪に指定することによって欧米の反ユダヤ主義一般の罪を軽くするシカケでもある。ユダヤ人を差別・迫害するという業(ごう)を抱えこむ欧米社会が、その歴史的責任に対する「償い」を、みずからの痛みによってでなくパレスチナ人に肩代わりさせる方式で、果たしたことにする、という考え方だ。「ユダヤ人国家」を実現し維持するために、パレス
チナの民族浄化(パレスチナ人の立ち退き・追放・抹殺)は仕方がなかった、というわけだ。
自分勝手で非道なこの一方的自己「免責」は、もともとユダヤ教徒を(欧米流の「ユダヤ人」差別とは異なる)共生の不可分の一員として抱擁してきたパレスチナ社会の伝統を解体するものだから、ほんとうはさらに重大な罪責を感じなければならないことでもあるのだ。しかも、「罪滅ぼし」のキレイごとに見せて、欧米から被差別者ユダヤ人を棄民として押しだす「おためごかし」の策略でもある。パレスチナ問題は、こうしてヨーロッパにおける歴史的な「ユダヤ人問題」を重層化するものとなる。現在の世界において差別・迫害・略奪・離散・虐殺という「ユダヤ人」的なあり方をたえず強いられているのは、パレスチナ人だ。人種主義の「ユダヤ人国家」の支配のもとで、またその持続のために、パレスチナ人は新しい「ユダヤ人」的存在として編成された。ところが、欧米内部の反ユダヤ主義の責任までかぶる最大の被害者として、不正義の深い谷底から抗議の声を上げ人間の尊厳の回復のためたたかうパレスチナ人の闘いは、それと連帯しようとする運動もろとも、「反ユダヤ主義」のレッテルを貼られて非難されている。しかし、「ユダヤ人国家」による軍事占領・経済封鎖/強引な入植地拡大と隔離政策/集団懲罰と民族浄化/水資源奪取と生存権否定/国際法無視/…が放置され許容されるという異常状態が、持続できなくなりはじめた。六十年余にわたり追放し征服しつづけてきた難民たちをさらに「自衛」の名において殺戮することの無理が、また、それに耐えてひるまないことを「暴力と憎しみの連鎖」と片付けることの無理が、露呈されはじめた。
事柄の本質は、「抑圧と抵抗」の関係であって、「紛争解決」や「信頼醸成」ではない。市民社会の大原則であったはずの「抵抗権」の根拠をないがしろにする意図を秘めて「テロ」・「民間人」・「和平」・「国際社会」などの概念を濫用する政治的ご都合主義には、きびしい批判が加えられるようになるだろう。イスラエル国家の人種主義・植民地主義・軍国主義と、これを助長してきた「国際政治」の構造欠陥とが、あいともに槍玉に挙がるのは避けられない。ここで、パレスチナ人の「ナクバ」(大災厄・大破局。一般に一九四八年イスラエル建国時のパレスチナ人の追放・虐殺・離散を意味するが、最近ではむしろその〈現在〉的持続に注意が払われる)を無視し隠蔽する装置と化した「ホロコーストの記憶」の犯罪性が注目されることになる。なぜなら、ホロコーストが「記憶」されるべき段階のはじまりはすでにナクバが荒れ狂う時代だったのだから。ホロ
コーストの「記憶」をふりかざしてナクバを敢行する人たちがいた。ホロコースト批判はナクバ批判を離れてはあり得ない。
目の前の「ホロコースト」的事態とその犠牲者たちを捨象するような「ホロコースト記念」とは、ホロコーストの死者たちの死を冒涜することではないのか。ここから、世界はパレスチナ問題における一九四八年問題に、あらためて取り組まなければならなくなる。それは、一九六七年の六日戦争とともに発生したイスラエル占領地・併合地の戦後処理(「土地と平和の交換」方式による「中東和平」、「二国家方式」によるパレスチナ問題解決)が、すでに確立された既成事実として扱って大前提にしようとした/あるいは国家の「生存権」の尊重という概念をもちいてあらたに確立させようとしていた/「イスラエル国家」というものについて、それはなぜ、またいかにして存在するにいたったのかという問題次元に立ち戻って再検討しようとする動きである。イスラエルとい
う国を創ってしまったために今日の世界の混迷が起きているのではないか、という認識がつよまりつつあることの反映だ。
イスラエルの成立が国連決議にもとづく、という認識には、疑問が多い。一九四七年一一月の総会決議一八一号は、パレスチナ住民の意志を問うことなく(自己決定権の無視)パレスチナの政治的将来を決定しただけでなく、ユダヤ人国家・アラブ国家・国際化されたエルサレムへの三分割という決議の内容は現しないままとなった。イスラエルは、四八年五月の一方的独立宣言以後、決議一八一が予定したユダヤ人国家の領域より拡大した範囲で、かつまったく異なった三分割(イスラエル・エジプト・ヨルダン三国による分割)の一部分として、国境をもたず軍事境界線のみで囲まれた変則国家として成立していく。
エルサレムで事態収拾にあたっていた国連調停官(スウェーデン王族の)ベルナドット伯がシオニスト改訂派の武装グループに暗殺されたのち、四八年一二月総会決議一九四号はパレスチナ難民の帰還権(または補償を受ける権利)とエルサレム国際化への歯止め措置とを定めたが、国連はイスラエルがこれら重要条件を遵守する立場をとることを想定し、四九年五月総会決議二七三号によりイスラエルを「平和愛好国」と認定して、その国連加盟を承認した。国連が予定したパレスチナの未来図からすれば、いちじるしく不斉合かつ非組織的で粗忽な処置だったと言わなくてはならない。
はたして、その後、決議一九四は、エルサレム・難民帰還権の両問題についてイスラエルはこれを実行しないどころか、むしろ故意の違反行為によって発生させた事情変更を理由として棚上げされ、事実上無効とされたまま、六十年が経過した。さらにこの間、イスラエルが国際法に違背してつぎつぎと累積してきた諸問題・新事態について、無数の安保理事会決議が履行されず、あるいは違反がかさねられるばかりであり、また多数の重要な決議案が米国の拒否権で葬り去られた。イスラエルの核開発は、核を持つとも持たないとも明らかにしない政策のもと、国際管理体制を尻目に、野放しですすめられた。
一九七六年ノーベル平和賞受賞者の北アイルランドのマイレッド・コリガンは、イスラエルの核武装を暴露・告発して18年間投獄され釈放後も自由を制約されているイスラエル市民モルデハイ・バヌヌの救援活動に挺身しつつ、二〇〇七年ヨルダン西岸ビリン村でのパレスチナ人の非暴力の隔離壁建設反対運動に参加してイスラエル兵に狙撃され負傷したが、彼女はイスラエルの国連加盟の取消しを要求する運動をおこしている。米国のカーター元大統領は、イスラエル国家の政策をアパルトヘイトと評する題名の書物をまとめて物議をかもした。かつて南アフリカのアパルトヘイト体制を撤廃へと導いた対南ア国際ボイコットに見合う国際的圧力を、あらたにイスラエルに向けて組織
化するよう要求する動きも拡がりつつある。これらが、やがて「千丈の堤も蟻穴より崩れる」の譬えどおり、おおきな意味を発揮する日がこないとは限らない。
オバマは「反テロ戦争」時代を変えられるか
四面楚歌のなか退陣するジョージ・W・ブッシュ大統領は、イスラエルのオルメルト暫定首相の意地悪なリークで、靴投げにつづく最後の辱めを受けた。国連安保理のガザ停戦決議をお膳立てしたライス国務長官が票決では急遽「棄権」にまわったのは、私がホワイトハウスに電話を一本入れてそうさせたのだ、と暴露したからである。
ブッシュの戦争犯罪を裁くことができるか?これは今後の人類的課題だが、反面、オバマ新大統領の出現はブッシュの功績であるとも言えるだろう。「チェンジ」と「イラク撤退」の旗印を掲げて選挙戦を勝ち抜いたバラク・オバマは、当選を境に、民主党の左寄り反戦派から民主党中道派と共和党穏健派との連合へと足場をシフトさせたとも見られている。だが、オバマの立場について注目すべきもっとも大事な点は、彼が立候補時から大統領就任まで一貫して「反テロ戦争」の持続を主張していることだ。イラク戦争は過ちであり失敗だったとしても、アフガニスタンでは兵力を増強して戦い抜く、と言う。ブッシュ政権が幕をひらいたグローバル「反テロ戦争時代」は、オバマ政
権に代わったからといって幕引きとなるわけではない。
「反テロ戦争」は一九七〇年代にイスラエル国家が発案したものだが、その最初の大規模な発現は八二年レバノンからPLO(パレスチナ解放機構)を追いだす第一次レバノン戦争だった。それを機にイスラエル同調を一挙につよめた米国は、二一世紀にはいると九・一一事件をきっかけに米国主導の「反テロ戦争時代」をひらいた。だから、「反テロ戦争」は、戦場がどこであれ、パレスチナ問題が基軸となるのである。イスラエル国家に抵抗し反発し批判する者は、「テロリスト」として懲罰を受けなければならない、という論理。世界のなかでことさらイスラーム教徒は、パレスチナ問題の不公正に他人事(ひとごと)ならずはげしく怒っている人たちだから、「反テロ戦争」の主
要な相手はイスラーム教徒ということになり、遠からず人類の三分の一がイスラーム教徒という趨勢のもとでは、「反テロ戦争」はグローバルな舞台をもつことになる。
この意味で、オバマ政権の成立は、不正に不正の上塗りをする「反テロ戦争」の絶望的スパイラルから脱けだして「反テロ戦争時代」に終止符をうつという希望からは、はるかに遠いものと言わなくてはならない。予備選段階で、オバマは、最強イスラエル・ロビーのAIPAC(米イスラエル公共問題委員会)の集会で、自分はイスラエルを絶対に裏切らない友人だと言い、統合エルサレム(イスラエルが武力で征服し併合した東エルサレムを含む)がイスラエルの永遠の首都であることを支持すると誓っていた。彼は、もともと「私はシオニストだ」と公言して強烈なイスラエル支持者として有名だったジョー・バイデンを副大統領候補に選び、当選後は、これまた親イスラエルの
ヒラリー・クリントンを国務長官に、イスラエル市民権をもちイスラエルで軍務についたこともあるラーム・エマニュエルをホワイトハウスの主席補佐官に任命し、前政権の国防長官ロバート・ゲイツの留任を決めた。新大統領はこうした人びとに取り囲まれているのだ。政権を支える者のなかには、たちまち中東特使として派遣されたジョージ・ミッチェルのごとくレバノン人キリスト教徒の家庭に育ちアラブ圏をよく知る人や、外交スタッフに登用されたセイイド・ヴァリレザー・ナスルのごとく高名のイラン人イスラーム学者の子息などもいるが、「反テロ戦争」に対する政権のスタンスにおいて、親イスラエル色がことさら濃厚なのは否めない。
学生時代、アパルトヘイトに反対する南ア・ボイコットの草の根運動家でもあったオバマが、大統領の座に到達するには、これだけの入念な手続きと仕掛けとが必要だったのだ、と言えるかもしれない。米・イスラエル関係が、米国の国内政治過程の深部に組みこまれているからだ。オバマ政権成立直後のホワイトハウス・ホームページの「外交政策」は、アフガニスタン・パキスタン/イラン/中東和平/イスラエル支援/という中東関連の記述で埋めつくされている。これから米国がアフガニスタン・パキスタンでイラクの二の舞の泥沼に苦しむことになるのは確かだ。ソ連をつぶしたアフガンは、米国の凋落をも促進するだろう。英国は「反テロ戦争」概念の見なおしを公表し、
NATO諸国はすでにアフガニスタンの軍事的負担に苦しんでいる。そして、なにより、イスラエルの対イラン攻撃衝動が米新政権にとっての深刻な危険を予告してもいる。こんな危機的状況下では、あるいは大統領を囲む「親イスラエル」の人びとこそ、逆に局面打開のためオバマが頼ることのできるカギ人物たちなのかもしれない。
いずれにしても、オバマ政権は、瀕死の欧米中心主義が企てる「自己破産」の悪あがきスキームにおいて、大事な捨て石とされるのではないか。「反テロ戦争」それ自体が、欧米中心主義の「自己破産」の一ステップなのである。失敗や挫折こそ「反テロ戦争」持続のための滋養であり、そうした泥沼化こそ世界全体に責任を分担させ、返済不能な欧米の道義的債務を処理することができる道だと考える人たちがいるからだ。オバマ大統領は、その伝で、失敗する役割を演じなければならない。アフリカ系アメリカ人に委ねてみても、問題は解決できないことを証明させることによって、「自己破産」は完成するのである。
このようなシナリオに対して、まったく意表をつく別コースを構想することができるかどうかに、希望を開く「世界の針路」の成否がかかっている。かつてナクバの「地獄」のなかから、ヤーセル・アラファートやサラーハ・ハラフやハリール・アル=ワズィールら、パレスチナ人の二〇才台の若者たちがガザでレジスタンスを開始した。彼らはカイロで政治学や工学をまなび、クウェートを拠点とする経済活動で資金をつくった。この人たちは闘いのなかで斃れ、殺されていった。いま停滞と閉塞のうちにあるパレスチナ人の運動は、世界に散ったディアスポラのパレスチナ人も含めて、十代〜二十代の新しい世代によって再生され、彼らのおかれている場の局面をおおきく転換する新時代に向かって飛躍するのではないか。そして、日本や欧米を含め世界のあらゆる地域においても、パレスチナ人のそれと並行する現象の出現が待たれるところなのである。
世界の未来を遠望する
いずれにしても、世界が「中東化」していくのは、必然だ。「自己と他者」といった中心主義や二項対立的二分法や排中律を乗りこえて、多様な「自己」を無限に実現でき、中心性と辺境性をあらゆるポイントでダイナミックに統合でき、「多即一」・「万物あるがまま」の境地であるアイデンティティー複合を社会的展開として活かしていくことができるような、ネットワークとパートナーシップの世界、それが人類文明の始原回復としての「中東化」なのである。
中東と相似して、アメリカ大陸(「アメリカ」)は、そこで世界が集散するグローバリズムの場を表象する。中東は先天的・運命的に、「アメリカ」は後天的・獲得的に、そのような場で
あるという違いはあるとしても。ヨーロッパからの植民者による国家として、「選民意識」をもって成り立ってきた米国にとって、すでにオバマ大統領を持つことが象徴するように、真正の「アメリカ化」こそその未来像でなければならない。排除される差別意識を裏返しながら、排他的な人種主義に立つ植民者国家として、欧米の「前哨」という位置づけで成立させられたイスラエルは、避けがたく、これから「パレスチナ化」していくこととなろう。
米国やイスラエルと同様に、先住民の地名を変えられずに受け継いできた日本国家の場合は、エゾ・エミシ退治、「俘囚」の組みこみ、「征夷」大将軍権力の歴史、きたない騙し討ちを忘却するための「武士道」と「和」の精神、「単一民族」神話、などに彩られる、身についた人種主義・植民地主義・軍国主義を、これからどのように超克できるかが、未来に向かって問われているのである。
(いたがき ゆうぞう・中東研究)
現代思想』(青土社)2009 vol. 37-3[特集 オバマは何を
変えるか—新-新世界秩序] 2009.3.1発行 pp.108-119.
by halunet
| 2009-07-05 07:40
| 板垣塾
























